第三話 冬木市
日本冬木市
聖杯戦争が行われる地で、代々始まりの御三家の一つ遠坂家が、管理者を務めており、日本でも有数の霊地である。
そんな冬木市も六十年という周期を経て、今再び聖杯戦争の幕が上がろうとしていた。
「此処が切嗣が生まれた国……」
飛行機から降りたアイリスフィールが感慨深そうに呟いた。
「どう、セイバー? 空の旅の感想は」
アイリスフィールは自分より後に飛行機から降りたセイバーに向けて言った。
「別段どうどいうことも。期待していたよりも味気ないモノでした」
「あら、残念もっと驚いてくれると思ったのに」
「……アイリスフィール。私を原始人か何かと勘違いしていませんか? サーヴァントには現界の際に現代の知識が与えられます」
そう、サーヴァントは現界の際に現代で戸惑うことが無いように聖杯から現代の知識を大体与えられるのだ。
「それに、セイバークラスにある私には騎乗スキルが備わっています。いざとなればこの飛行機という機械も乗りこなせます」
その言葉に、アイリスフィールは目を丸くした。
確かにセイバークラスには固有スキルとして騎乗スキルが備わっている。しかし、よもや飛行機まで操縦出来るとは……。
「操縦出来るの……?」
「おそらくは。私の騎乗スキルは”乗り物”という概念全てに適用されます。鞍にまたがり手綱を引けば、あとは直感で何とかなります」
セイバーの言葉に、アイリスフィールは吹き出すのを我慢した。どうやらこの英霊は飛行機を馬の類を勘違いしているのかだろうか。
「アイリスフィール?」
「ううん。何でもないわ」
二人は、飛行場から空港の中に向かった。
「あの、アイリスフィール。やはりこの格好は目立っているのでは?」
セイバーはとある事情から霊体化ができない。そのため常に実体化していないといけないため戦闘用の服ではあまりにも目立つため、現代風の服装にしたのだ。
その為に用意された服が、黒スーツだった。
現代になじむために用意された服装の筈だが、空港にいる人々からは奇異な目で見られ続けていた。
「まあ、ちょっと目立ち過ぎよね……」
銀色の髪を持った人間離れした美女と金色の髪を持った黒スーツを着た美男子。注目を浴びない方が不思議だ。
「所で、切嗣とシオンも既にこちらに到着してるのですよね?」
「ええ。半日ほど前に」
「合流しなくて良いのですか?」
「大丈夫よ。切嗣の方から私達を見つけてくれるわ」
******
冬木市にある簡易なホテルの一室、其処に切嗣と霊体化しているシオン。そして、もう一人、女性がいた。
女性の名前は久宇舞弥。衛宮切嗣の右腕として、”魔術師殺し”衛宮切嗣という機械を正しく動かすための必要な補助機械。
現在彼らは、ある映像を見ている。
それは、昨晩遠坂邸での映像だった。
アサシンが遠坂邸を襲撃、しかし、敷地内に入った途端、遠坂のサーヴァントにより一気に抹殺されてしまったのだ。
映像を見終わり、切嗣は吸っていた煙草の煙をはいた。
「どう見る? シーカー」
切嗣は自分の側で霊体化していたシオンに問いかけた。問いかけられたシオンは実体化し姿を現した。
「……先ずは評価からで良いか?」
「ああ」
「策略なら下手くそ」
淡々と、事実だけを述べるように言うシオン。その視線は冷たさだけを持っている。
「そうか」
「ああ。アサシンは気配遮断スキル保有だ。どう見ても待ち伏せとしか思えない。しかし、分からないな。何故遠坂がサーヴァントの宝具を使わせたんだ?」
「やはり宝具か?」
「あれだけの破壊力を誇るんだ。宝具に間違い無い」
だからこそ、尚更分からない。サーヴァントの正体が知られれば、その英霊の伝承から弱点が分かってしまう。だからこそマスターはサーヴァントの真名を隠し通し続ける。
「見せなくてもいいものを見せたということは見せる意図があったのでしょうか?」
「だろうな……だが、それがどちらかだ」
「……どういう意味ですか?」
舞弥が止まったままの映像を見ているシオンに聞いた。
シオンは、舞弥の方をちらっと見て、再びテレビの方を見た。
「つまり、遠坂がサーヴァントを見せる必要があったのか……または、アサシンのマスターがアサシンがやられるところが見せたかったのか」
「……アサシンのマスターはどうなった?」
「昨夜のうちに教会に避難し監督役が保護をしました。名前は――言峰綺礼だそうです」
言峰綺礼。その名前を聞いたとき、切嗣はピクリと動いた。
「……舞弥。冬木教会に使い魔を放っておけ。取り敢えず一匹で良い」
切嗣の言葉に舞弥は少なからず驚いていた。最も表面には出さないが……。
「……よろしいのですか? 教会の不可侵地帯への干渉は禁じられているはずですが……」
冬木教会は聖堂協会と拠点として使われている。
サーヴァントを消失した場合のマスターの保護地帯として使われており、その為、マスターによる教会への干渉はペナルティ行動となってしまう。
「監督役の神父に気づかれないようにギリギリの距離をうろつかせるんだ。別に監視目的じゃない。飽くまでフリだ。操作も片手間程度でいい」
「……分かりました」
そう言って舞弥は使い魔であるコウモリを冬木教会に向けて飛ばした。
「シーカー、霊体化して周辺の監視をしておけ」
「了解」
シオンは短くそう返すと、霊体化してその場から去った。
シオンが去ったのを確認すると、次に切嗣は装備であるベッドに置いてある銃火器を見た。
通常魔術師は、自分を脅かすモノは同じ魔術だけだと思い込んでいる。
その為物純理的手段、つまりは科学的結晶などはさしたる驚異だとは考えていない。
だからこそ、切嗣はその点を突く。
切嗣はワルサーを手に取り、スコープを覗き込んだ。
「射程500メートルで零点規定しました。確認しますか?」
「いや、いいだろう。預けておいたやつはどこだ?」
「ここに……」
そう言って舞弥は棚から少し大きめの箱を取り出した。
箱を受け取った切嗣が箱を開けると中にはトンプソン・コンテンダーと銃弾が数発収められていた。
切嗣はその中からコンテンダーを取りだし、中にあった弾をコンテンダーに装填した。
「……」
部屋に沈黙が漂う。
「っ!」
次の瞬間、切嗣は銃弾を別の銃弾に再装填した。その間僅か二秒。普通なら十分速い域。
「衰えたな……」
「はい」
が、切嗣と舞弥にとってはそれは十分に遅い域。
自嘲気味に笑う切嗣に、舞弥は冷静に返す。
「其処のワルサーよりもイリヤの体重は軽いんだ」
切嗣はコンテンダーを箱に戻すと、悲しそうに呟く。
「もう、八歳になるのに」
それはシオンも感じたことだった。
肩車をしたから分かったことだが、イリヤスフィールの体重は普通の八歳の女子の平均と比べたら明らかに軽い。
悲しそうにする切嗣。だが、そんな彼を|補助機械は許さない。
彼女は切嗣の後ろに回ると、自分の方向に切嗣を向け、素早く口づけをした。
「今は……必要な事だけに専念してください」
口を離して淡々とそう言った舞弥は、くるりと後ろを向いて、準備を再開した。
切嗣はそんな舞弥の姿をじっと見つめた。