小説『虹の向こう』
作者:香那()

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その頃の博久くんはまだ、車椅子に乗る事は出来ていたから、私たちが行く度、タバコを吸いに行くために使っていた。

もちろん、車椅子に自分で乗る事は出来なかったから、介助はひつようだったが、まだ上半身は自由に動かせていたので楽だった。

下半身はすでに両足、麻痺していたが…。

ある日、同じようにタバコを吸って病室に戻ろうとしたところ、博久くんが言った。

「ねえ、面白い場所があるき、行ってみん?」
「ええよ。どこで?」
「屋上を押して」

私達はエレベーターに乗り込んだ。

チーンと音がして、扉が開くとそこにはきれいな庭園があった。

「わあ、きれいなねえ」
「そうやろう。たまに来るがよ。あ、旦那、タバコはいかんで」
「はいはい」

車椅子でも自由に散策できるよう作られていた庭園はきれいに手入れされていた。

私たちはゆっくりと庭園を歩いた。

「あ、ここ。見せたかったもの」

見ると、そこはチャペルだった。

「ここで礼拝とかするの?」
「いやいや、せんよ。ただ、あるだけ。ほら、分かるろう、なんであるかって」
「うん」
「院長先生の発案らしいよ」
「いい考えだね」
「そうやねえ。僕は利用せんけんど、えいことやと思う」

そうだろう。

余命宣告なりを受けて、現在の医療では助けられない人たちしかいない場所。

そして、その家族。

ふとした時に、祈りに来たくなるのもうなずける。

「医大なんかじゃ考えられんねえ」
「あそこは最悪やった」

博久くんの言葉に頷きながら私は、ずっとチャペルと庭園と空を見ていた。

そうしないと、涙がこぼれてきそうだったから。

「さ、そろそろ部屋へかえろうかえ」

博久くんの言葉に促されるように、私たちはそこを後にした。

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