小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 授業が終わった放課後。夕焼けの光が眩しい学校の外にあるベンチにヴィオラは一人腰かけていた。こうやって夕焼けを見ながらぼぅ……としているのも悪くないな、と思った。しばらくそうしていると、ふと鞄の中に入りっぱなしだった、朝にコーベライトから借りた雑誌があることに気がついた。明日くらいに返さなくては、と雑誌を手に取る。表紙はシンプルで、ぱらぱらとめくるとたくさんの小説があった。コーベライトとフローライトはよくこの雑誌を読んでいるのかな、と思いながらページをめくる。物語の連載や短編小説がたくさん載せられている雑誌だ。楽しそうだなとページをめくると、その楽しそうな雑誌に似合わない文が目に入ってきた。
 読んでいくと、文の内容は最近立て続けに起こっている……自分達も捜索活動に携わる予定の失踪事件のことについてだった。ヴィオラは顔を歪ませる。
 これ、問題作なんじゃないか?
 ぽつりと思う。失踪事件は実は神隠しだとか、そんな内容が書いてある文。軽く読んだヴィオラでもそれが少し問題のある作品だということがわかった。
 読み進めるとますますヴィオラの顔は歪んだ。失踪事件を面白おかしく書いている論文ではないが、事件のことを歪んだ見方で書いてあるものだった。一体こんなものを書いたのは誰だ、と文の作者の名前を見ようとすると上から声が降ってきた。
「あー。それってちょっと問題な論文」
 いきなり声をかけられたことにびっくりして見上げると、そこには雑誌を貸してくれたコーベライトがいた。いつのまにか近づいてきたようだ。コーベライトはヴィオラが読んでいた雑誌を覗くように見る。
「スッタード・クラインっていう人の文、文章の書き方はちょっとおもしろいんだけど……なんか浮いてるっていうか、内容がちょっと……なぁ」
 苦笑いで頬をかくコーベライトは「他の小説とかは面白いんだけど、その人はほぼ毎回問題作の文を書くんだよ」と言った。
「フローライトと読んだけどね、それだけはなにか信じられないものもあるし、見方によっては気味悪いかもね」
「コーベライトは毎月買っているんだろう?この雑誌」
「うん。好きな作家さんがいるから」
 雑誌を買っている理由を聞いて少しほっとした。もしコーベライトがこのスッタードという人物の文を目当てに買っているのだったら、それもそれでちょっと問題があると思ったからだ。
「今晩捜索だね」
 コーベライトはヴィオラの隣に腰を下ろして言った。ヴィオラが雑誌を読みながらちらと見ると、コーベライトは「捜索かぁ……」と呟いて体をのばした。
「今日眠たそうだったな」
「睡眠はきっちり取っておくべきだということを学びました……」
「じゃあ、捜索時間まで家で睡眠とってくること。いいな?」
「はーい」
気の抜けたような返事をするコーベライトに雑誌を返すと、彼は「家でちょっと寝てきます……」と少し疲れたような表情で目元をこすって言う。
「最近俺の仕事にも付き合わせて悪いな」
「いいよ。卵を守る仕事は楽しいから、手伝わせてくれてありがとうって思う」
「そうか……。エネルギーの調子はどうだ?」
「うん、それも大丈夫。心配ありがと」
 そう言うとコーベライトは立ちあがり「ではお先に帰ります!」と笑って家に帰る。夕焼けはもうすぐで沈みそうで、ヴィオラは「俺も帰るか……」と独り言のように呟いて鞄を持った。

「ただいま」
 キィ……とドアを開けてヴィオラは自分の家の中へ入る。リビングでお茶を飲む音とため息が聞こえた。誰だろうとリビングにそっと顔を出すと、仕事から帰ってきていたヴィオラの父親がいた。
「父さん、今日は早め?」
「ああ……」
「ふぅん」
 父は淡々と言う。ヴィオラは適当に棚の中から水を取り出し、飲む。父はソファに座ったままでこちらを向かない。ヴィオラは父の背中を見ながら水を飲む。話が苦手な男二人。双方とも声を発しようとはせずに、時計の針が動く音がリビングに響く。
「いつも任せていて悪いな」
 父がぽつりと言う。一瞬なんのことかとわからなかったが、話の内容を察して「大丈夫だよ」とこちらを見ない父の背中に笑いかけた。
「卵のある建物は、まだ誰にも見つかっていないと思うし、コーベライトが俺のサポートをしてくれているんだ。卵の孵化はまだまだだけれど、このまま順調にエネルギーを与えていけば孵化するんじゃないかな」
「そうか……」
 父はほっとしたような声だったが、様子が変で何故だろうと思った。父はソファに座りながら首だけ動かし、ヴィオラの顔を今日初めて父は見た。
「何かあったの?」
 父に問いかける。ヴィオラの問いに父は黙った。さっきから様子がおかしいと思っていたヴィオラは「どうしたの?」とソファの近くに椅子を持ってきて、父のそばに座る。父の横の席は空いている。だがヴィオラはそこに座らない。それは親子関係がぎくしゃくしているわけではなく、ただ単に照れ臭かっただけだ。父は一瞬だけヴィオラを見た。
「どうしたのさ」
 もう一度問う。父はまた黙り、口を開いた。
「失踪事件が増加しているな」
 目を合わせず、テーブルにあるガラスのコップを見ながら言う。父の言葉は本当に話したいことではないことは、なんとなくわかった。だが「そうだね。最近は特にひどい」とまた水を飲んで答えた。
 父は何か言いにくそうな表情で何か言おうとしたが口を閉ざした。黙った後、何かを考えているのか、唸る。
「今日なんか調子が変だぞ、父さん」
 黙ったり口を開いたりすることが何度も続き、ヴィオラは少々苛立ちを覚えた。父はヴィオラの顔を真面目に見て「聞いてくれるか?」と言った。ヴィオラは一瞬きょとんとなったが、父の言葉に頷いた。
「俺の研究室にあった卵が一つなくなった。いや、盗まれたと言ったほうがいいのかわからない」
 父の言葉にびっくりする。「犯人は……?」と問いかけると「わからない」という答えが返ってきた。
「窓も扉も、誰かが開いた形跡がない。だが少しだけ研究室が荒らされていることに、今日わかったんだ」
 卵が一つだけでもなくなるということは、大変なことなのにな。
 そう弱弱しく言った。

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