小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 アクアオーラはびっくりしたような表情を見せる。コーベライトがハンマーで泥沼と化した地面を叩く。ハンマーを中心に大きな円の波が発生する。当然コーベライトのほうにも泥は襲ってくるのだが、彼はシールドをすばやくはって回避する。
「う…………わ!」
 コーベライトのハンマーによる泥沼の波の攻撃は予想以上に大きく、浮いているアクアオーラが泥に捕まった。さらにというように、もう一回泥を叩くコーベライト。特殊な技術で作られたフェンスは内側にバリアがはってあるようで、泥が外に漏れることはなかった。
 最初にコーベライトがなったように、身体が沈んでパニックに陥るアクアオーラ。除々に彼の身体が沈んでいく。もがくが首元まで沈む。そこで、自分の力ではここから脱出することができないと判断したのか「降参!降参するって!」と泣きそうな声で言った。
「はい、アクアオーラ君の降参により、コーベライト君の勝利!」
 どこかのフェンスで誰かが勝利するたびに、歓声が聞こえる。この試合はコーベライトが勝ったが「あっさりと勝ったね」という他のクラスメイトの声をヴィオラは聞いた。
 コーベライトはもがいているアクアオーラのもとへ泥沼をかきわけて行く。虚しく宙を舞っている手を掴んで引っ張り上げてやると、一言こう言った。
「お前……途中でも技を解けばよかったのに」
「…………あ」
 コーベライトの言葉にはっとなる。そうだ、技をやめれば泥は消えるんだった……と独り言のように呟くと、杖を掲げて服や顔、フェンスについている泥を消し去った。
「そうか、最初から使わずに奥の手として使うべきだったかな……」
「でも、いいアイデアだったと思うよ?」
 俯くアクアオーラの肩をぽんとたたく。たしかに、さっきの泥沼の技は隙がぴったりとあっていたら成功していたかもしれない。そして自分はパニックに陥ったままで、抜け出す術がわからないままだったのかもしれない。そう考えた。
 アクアオーラの表情がとても悲しそうだったので、コーベライトは自分に言える精一杯の言葉をかけた。
「さっすがアクアオーラ。作戦考えてくるなんてなぁ。俺は全くだった……でもま、次あるよ!」
 そう言うとアクアオーラは顔こそあげたものの、やっぱり悲しそうな表情でグラウンドの隅にあるベンチのほうへと行ってしまった。引き留めようとした思った手が宙で浮いたまま、コーベライトは「言い方悪かったかな」とこぼした。
「大丈夫だったと思うぞ?」
 いつのまにかコーベライトの隣にきていたのはヴィオラで、彼もまたベンチに座って下を向いているアクアオーラを見ていた。
「一回戦敗退がショックなんだろう。あいつ、今まで一回戦で負けたこと、なかったからな」
「そっか……」
 一回、一回だけだが初戦敗退したことがあるコーベライトには痛いほどわかる……アクアオーラの気持ちが。今までいいところまで行って、急に地面に叩きつけられたような感情が渦巻いているのだろうか。彼は泣いていた。
 慰めようと思ったが、勝者が敗者を慰めても嫌味にとれるだけかと思ってやめた。
「今はそっとしておこう」
 ヴィオラの言葉に頷いた。
 二人が少ししんみりしていると、背後から大歓声が聞こえてきた。振り向くと一つのフェンスの周りにいつのまにかほとんどの生徒が集まっていて、歓声はそこから聞こえて来たのだった。フェンスの中にはガルゴと、相手だったクラスメイト。その子はガルゴに負けたらしく、地面に荒い息を吐いて転がっていた。一方勝者のガルゴは空に大きく手をかざして、自分の勝利を大いに喜んでいた。
「次の相手はあいつかぁ」
「だな」
 コーベライトがガルゴを見て、次の目標を定める。「よし!」の気合の一言を言うと、心配そうな表情から一変して真剣な表情になった。
「次も勝つ!それで決勝行って勝つ!」
 彼を見ながら「俺も頑張らなくちゃな」と言うヴィオラ。まだまだ時間はあるが、試合の時間が近づいてきても冷静でいよう。そう自分に言い聞かせる。
 次のブロックの試合は観戦に回った。二人が見た試合は激戦で終了までに三十分かかった。どちらもパワータイプの戦いだったので、同じパワータイプのコーベライトにとってはとても参考になる戦いだった。実技授業は見ていて楽しい。誰がどんな技を出すのか、それに対して相手はどのような方法でそれを切り抜けるのか。といったものを見るのが楽しいし、なにより参考になる。
 だが時々思う。この戦いは体外にバリアをはっているが、これが本当の戦い、生死を分ける戦いだったら?と。その時一瞬だけ、あの夜に戦った圧倒的な力の持ち主であるシルエットの不敵な笑みが出てきて、少し身震いした。
「ほぼ一発だったな……そういえば」
「なんのこと?」
「いや、なんでもない」
 シルエットの話になると、自分もそうなのだが少し過敏になるコーベライトには言えないと思い、ヴィオラは黙った。
 試合終了後の少し休憩の後「次のブロックの試合だよ」というキルカルの声が聞こえた。ヴィオラは水を少し飲んでから勝負の相手であるセレスタイトが先に入って行ったフェンスの中へと行った。

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