小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 目の前にいるセレスタイトという生徒とは実はあまり話したことが無い。深い会話をするのではなくちょっとした連絡だけで、よく見ていると他の人ともよく話している現場を見たことが無い。他のクラスメイトもそうなのか、セレスタイトがある時違う学年の人に一生懸命に話している様子をみて、自分を含めて少しびっくりして見ていたのが記憶に残っている。おとなしい子なのだ。そしてセレスタイトは初戦敗退が多いと言う話をみんなが知っているためなのか、勝負は決まっているのも同然と言わんばかりな目が多かった。ヴィオラとセレスタイトの試合をするフェンスを見ているのは、コーベライトを含む数えるほどしか観客はいなかった。
 彼女との距離は数メートルある。その数メートルでセレスタイトは少し戸惑ってから礼をした。ヴィオラもつられて礼をする。
「あの!今日はよろしく……お願いします」
 ヴィオラの語尾がだんだん小さくなった。セレスタイトがそれに対して目をそらしたためか、気まずいとも取れる微妙な空気がフェンスの中を包んだ。それを察したコーベライトが大きな声で「ヴィオラがんばれ!あ、セレスタイトもがんばれ!」と叫んだ。後でセレスタイトのことを付け足したせいか、気まずい雰囲気がよけいに気まずくなったのは気のせいか。
 試合開始、という声が聞こえる。ヴィオラは翼を作ろうと手をかざす。そういえばセレスタイトという生徒と勝負をするのは初めてかもしれない、と思いながら構えていた。不安そうな表情をしているセレスタイトはヴィオラの顔を見て、顔を伏せて言った。
「…………あの、わたし棄権します」
 そう言ってぺこりとお辞儀をしてフェンスを出て行ってしまった。外にいた観客であるクラスメイトが、セレスタイトを目で追う。その目は「あいつ棄権したのか」という目もあり、心配そうな目もあった。
「えーと…………これってどういう状況」
 ぽかんと口をあけて手を宙にかざしたままの、傍から見たら間抜けとも思われるような表情でいまいち状況がわからずにいた。
「セレスタイト君の棄権により、ヴィオラ君の勝利!」
 キルカルの声で棄権による勝利ということを理解したヴィオラは複雑そうな表情でフェンスの外へ出た。喜んでいいのか怒ればいいのかわからない、とヴィオラの表情はそのように語っていた。
 コーベライトが近づいてきて「勝って……よかったのかな」とやっぱり複雑そうな表情で言った。
「………。ちょっと理由聞いてくる」
 ヴィオラは複雑そうな表情のまま、コーベライトを置いてセレスタイトの後を追った。

「セレスタイト」
 どこか思いつめたような表情。顔を伏せていたセレスタイトは、校舎に入る途中で走ってきたヴィオラに話しかけられた。彼女はヴィオラに気がついて向き合ったものの、やっぱり顔を伏せている。その姿は今から何を言われるのかとびくびくしているようなかんじだった。セレスタイトの様子を見て苦笑し「そんなに怯えなくてもいいよ」と言った。
「ちょっと理由を聞きたいだけなんだ」
 自分は普段ぶっきらぼうと取られる話し方なので、柔らかめを意識して話す。それは良かったのかセレスタイトは顔を上げてヴィオラの顔を見てくれた。
「理由…………ですか?」
「なんで棄権したのかなって、思ったんだ」
 セレスタイトは考えこみ、どう言おうかという表情で口を開く。
「戦いたくなかったんです」
「俺と?」
「いえ、今日は試合を棄権するつもりでいました」
「それはどうして?」
 問うと、セレスタイトはヴィオラの目をじっと見、それから顔を伏せて「この考えは士官候補生失格だと思うんですけど……」と言い、続けた。
「戦う気がなかったんです。最初から」
 その言葉にぽかんとしているヴィオラだが、怒ることはせずに静かに「何かあったのか?」と聞いた。
「信じてくれますか?」
 不安そうな表情をたたえてセレスタイト入った。何を言うのかと思っているヴィオラは「話してみてくれないか」と言った。セレスタイトは少し悩んだ様子だったが、口を開く。
「士官の姉が……失踪したんです。だからヴィオラさんには申し訳ないんですけど、最近そのことで頭がいっぱいで、戦いとか勉強に手がつかないんです」
 そこまで言ってセレスタイトは「すみません、こんな話して……」と頭を下げる。
「いや、いいんだ。話してくれてありがとう」
 ヴィオラは考える。そういえば最近女性士官は失踪したという話があったような。それは最近のことで、街の付近だったような……。
 そう思ったので、もしかしてそれに関連しているのかと思い、思い切って聞いてみた。
「もしかして、街の付近で失踪した女性か?たしか名前はカルサイト」
 その言葉にびくりと身を震わせたセレスタイトは「そう……そうです。そこで姉は失踪しました」とうつむいて言った。
「あの」
「どうした?」
 前で考えているヴィオラに、焦ったようにセレスタイトは言った。
「このこと、公に言わないでください……お願いします。先生には言ったんですけど、生徒に広まったら面白がって言う人もいるかもしれないので……」
 語尾がどんどん小さくなる。セレスタイトの言いたいことはわかったのでヴィオラは「わかった」と頷いた。
「それで、先生は何と言っていた?」
「先生には家族が捜索願いを出したことを言いました。それで先生はわたしの姉だということを伏せて、捜索リストにのせて他の失踪者と同じように探してくださっているんです」
「そうか。それだったら安心だな……はやく見つかるといいな」
 これが、ヴィオラが個人的に言える精一杯の言葉だった。セレスタイトはそれに対してまたヴィオラを見た。今度は悲しそうな顔ではなく、少し良い表情をしていた。
「そう言ってくださると嬉しいです」
 今起こっている失踪事件の被害者家族がいることに胸が痛んだ。心を痛めている人は多いと思っていたが、被害者の家族という人に話を深く聞いたことはあまりなかったからだ。だから今携わっている捜索活動に一生懸命携わろう、ヴィオラはそう決めた。そしてふと気になったことを聞いてみる。
「でも、なんで公にしたくないのに俺に話してくれたんだ?」
 セレスタイトはどう言っていいのか分からないと言った様子で、また考えていたが「ヴィオラさんになら、言ってもいいかなって思ったんです」と言った。
「……そうか」
 ヴィオラは不思議そうな表情をしていたが、セレスタイトは「なんとなくなんです。深く考えないでくださいね」と言った。
「わかった」
 校舎の外では歓声が聞こえる。外の方に顔を向けると、太陽がまぶしかった。
 セレスタイトに「ありがとう」と軽く手を振ってグラウンドに戻る。セレスタイトがヴィオラを見送った後、彼女は胸に手を組んで、つっと伝わる涙を感じながら「どこへ行ったの……?」と呟いたことには誰も気がつかない。

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