小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 昼食を取り終わり、軽い散歩をしようと二人は立ちあがった。その時にグラウンドの隅にある道具入れの小屋を壁に、ちらちらとこちらを覗いている女子生徒がいることに気がついた。そちらを見ていると、影は見つかった!という風に慌てているが、一人の影がぴょこんと飛び出してきて「お兄ちゃん!」と二人のほうに駆け寄ってきた。
「フロラー!」
 コーベライトは昼休みを使って応援に来てくれたフローライトの頭を撫でる。その様子を微笑ましそうにヴィオラは見ていたが、他のクラスメイトからは「え、あの子コーベライトの彼女?」「いや、違うよ。妹だよ」という会話が聞こえた。どうやら彼女に見えたらしい。
「教室から見えたよ!お兄ちゃんもヴィオラさんも勝ったんだね!」
 フローライトは頬を紅潮させて言う。コーベライトとヴィオラに笑いかけると「次の授業は実技なの!」と嬉しそうに言った。
 実習、という言葉に、自分達と同じような戦いの基礎を学ぶのではないかと思ったコーベライトは青ざめた。そんな兄を見て察したのか、フローライトは「違うのよ」と笑った。
「次はね、お兄ちゃん達の実技の授業を見学するの!見たい人は行ってもいいって、先生言ってたから……」
 次も頑張ってね!応援してる!とフローライトは言った。その言葉が嬉しかったのか、コーベライトは今にも嬉し泣きしそうな表情で「応援よろしく!」と笑った。
 そんな可愛い妹の応援もあってか第三回戦でもコーベライトは勝ち、決勝に進んでしまった。そのことが本人も驚きのようで「進んじゃった!決勝!」と興奮して言った。勝った瞬間フローライトは飛び上るほど喜び、ヴィオラと一緒に笑い合った。
「次は……ヴィオラだな」
「行ってくる」
 水を一口飲み、深呼吸するとフェンスの中に入る。今度の相手はルアという女のクラスメイトで、ヴィオラはルアと向き合う形になり、礼をした。
「ヴィオラさんは礼儀正しいのね」
 そう言って光のない目でルアは笑った。その姿は一部では「何を考えているのかわからない」と言われていて、そのことをふと思い出した。
「試合……開始!」
「ヴィオラがんばれー!」
「ヴィオラさんがんばってください!」
 試合開始の合図が鳴り、ヴィオラは翼と大鎌を作った。フェンスの外にいる観客が、どんな戦いをするのかと楽しみに待っている。が、ルアは翼も武器も作り上げるわけでもなく、ただ笑っている。
「ねぇヴィオラさん。少しお話しない?」
 そう言って微笑む。その言葉に作戦があるのか、それともただ少し話すだけなのかと思い巡らせた。少し考えた後、ヴィオラはルアと話すことを選んだ。会話の中で弱点が見えてくるかもしれないと思ったからだ。
 会話の中でいつ攻撃が来てもいいように武器である鎌の柄を握りしめた。
「ふふっ。私と話してくれる人って珍しいの、嬉しい」
 その言葉で、そういえばルアは特定の人物としか話していないなと思った。
「ねぇヴィオラさん。貴方今日順調に勝ったわね」
「そうだな。今日は調子がいいのかよくわからない」
「調子はたぶん良い方だと思うわよ。だってここまで来ているんですもの。ねぇ知ってる?」
 穏やかな口調のまま、ルアは話を変えた。その内容についていけずにぽかんとしているヴィオラは、ルアがいつでも攻撃してきてもいいように大鎌を構えなおした。
「植物の種が、芽が……どうやって育つか、それは知っているわよね?」
 ……話したいことがさっぱりわからない。そう思っていると、心の中を見透かしたようにルアは「私の話を不思議に思っているのね」と笑って空を見上げた。
「じゃあ……植物が何故、蔓を育てるか知っているかしら?」
「それは実をつけるために、蔓を何かにまきつけて支えにするためだろう?」
「そうよ。その通り」
 ヴィオラは何故かルアの瞳から目が離せないでいた。何かに吸い込まれる、そんな感じだ。
 周囲の音が無になっていく。無になってだんだん聞こえなくなるような錯覚を受ける。空気が徐々に重くなっているような違和感を感じ、指を動かそうにも上手く動かないような緊張感を感じた。
「ねぇヴィオラさん。貴方って本番でも緊張しないタイプでしょう?見ていて思ったの。この人は人前に立っても緊張しない人なんだなぁって」
「ああ、俺はあまり緊張しないかもしれないな」
 ルアは頷くように顔を伏せ、目を閉じた。そして次に目を開いた瞬間で空気が変わったのがわかった。

-29-
Copyright ©こめ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える