小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 ルアが笑った。斧を大きく振り上げてヴィオラに落とす。ヴィオラはそれを鎌でふさぎ、火花が散った。
「…………はっ!」
 斧の攻撃をふさいでいた鎌を横に動かすと、ルアは体制を崩す。そこに鎌の攻撃を叩きこもうとしたが、素早く作り上げられたルアのシールドで鎌の攻撃はふさがれた。
 まだまだ!というように口を動かすルア。フェンスの中を飛び回っているうちに最初の立ち位置と自分達が逆になっていることにヴィオラは気がついた。ヴィオラは口を開き、それを見たルアが「させるか」というように口を動かして手を掲げる。光の槍が上空から降ってくる。だがそれにかまうことなくヴィオラは叫んだ。
「球根から蔓が伸びて、ルアの足首をとらえますように!」
 さっきまでルアの言うことを聞いていた球根が、今度はヴィオラの言うことを聞いた。急激に伸びてきて蔓は、ルアの足首をしっかりと掴んだ。そしてルアが降らせた光の槍がヴィオラを直撃する。その直撃する瞬間にヴィオラは鎌を横に振って数本を叩き落とした。何本かの槍がすぐ傍をかすり、服が少し裂けて血が滲んだ。

向かい側で足首を蔓にとられながらも不敵に笑うルアは、自身の鎌の柄を持ち上げて手中で一回転させた。くるり、と回る斧は持ち主がその武器の扱いにとても慣れているということを表していた。それと同時にヴン!という大きな、風を切る音が聞こえた。ヴィオラは冷静に斧の光る鋭利な刃とルアの不敵な笑みをまっすぐ見つめていた。
 対峙。
 激しい動きをしたのにもかかわらず、双方とも息を切らしていない。じっと、互いに次がどのような行動に出るのか見つめている。その姿は緊張感に包まれていて、向き合う姿が数秒続いた。
「……!」
 先に動いたのはルアの方。足首をとらえていた蔓を斧の切っ先で数本切り、残りを引き千切る。翼を軽く羽ばたかせてヴィオラのもとへと向かい、斧を振り下ろそうとする。守りの体制に入ったヴィオラは鎌で斧の攻撃を再度ふさぐ。ルアの一撃一撃が重い。そう感じながら踊るように、まるで蝶が舞うように戦う。
 ガキィン!という金属同士が触れる音がする。それは大鎌と斧が激突する音で、触れるたびに光が舞う。激戦というのにふさわしい戦い。ルアをなかなか倒すことができないヴィオラは、戦いながらちょっとした空気の異変を感じていた。
「どうしたの?貴方の力はこんなものではないでしょう!」
 ヴィオラの技の効力が切れて声を取り戻したルアは叫んだ。斧を振りながらヴィオラとの間をとって斧を構えなおす。
「おかしい」
「何が?」
 ヴィオラがぽつりとこぼした言葉に反応するルア。彼がそうこぼしたのは、少し空気がおかしく空間が歪んだような気がしたからだ。ヴィオラはルアだけでなく周囲も警戒する。一方ルアはヴィオラの言う空気のことなど構わずに光のない瞳でヴィオラを見つめ、間合いを一気に詰めるように一歩踏み出した。
 その時だった。
「…………!」
 ヴィオラの目の前には闇。いや、闇というよりも漆黒の世界。その正体は黒いマントで、その黒いマントを身に付けた人物がフェンスの中にいたヴィオラとルアの間に割って入ってきた。
 ルアが短い悲鳴をあげる。
「誰……だ?お前は」
 いきなりのことで、ヴィオラはそう絞り出すのが精いっぱいだった。フェンスの出入り口には鍵がかかっている。その鍵を解かなければフェンスの中には入ってこれないはずなのに。そう思い、フェンスの出入り口をちらと見るが鍵はかかったままだ。
 ではこの人物はどうやって入ってきた?目の前の人物を見つめながら頭を働かせて考えるが、わからない。黒いマントの人物は仮面をつけており、表情がわからず不気味だ。その不気味な仮面がじっとヴィオラを見つめている。
「貴方はなんなの?」
 持っている斧を構えながらルアは言い、背後からその人物を攻撃しようとした。だがその人物はヴィオラのほうを向きながら、右手にひと振りのナイフをルアの喉もとにつきつける。
「……ッ!」
 このまま突っ込んでいけば自分の命はない。ルアの動きが止まった。ルアは悔しそうに顔を歪め、ナイフを突き付けている人物を見る。
「お前は誰だ?何なんだ?」
 ヴィオラもいつ攻撃されてもいいように大鎌を構えなおした。グローブに包まれた手は汗をかき、それはヴィオラの心中の不安を表しているようだ。そんな不安を見透かしたように、その人物はルアという人質を取られているために動けないでいるヴィオラを見た。そしてふと興味がなくなったようにルアと向き合う。
「な、なあに?」
 ルアの額に冷や汗が伝う。仮面をつけていて黒いマントの人物はルアを見つめて、喉元に突き付けていたナイフをさらに近付けた。
「きゃあああ!」
 ルアに、電撃が走る。電撃を止めようとヴィオラは仮面の人物に攻撃しようと大鎌を振り下ろした。攻撃されることはわかっていたのだろうか、回避することはせずにおとなしくヴィオラの攻撃を受けた。
 ヴィオラの攻撃は、仮面を割った。
「……貴方は……」
 ルアは電撃を浴び続け、電撃が収まったと思ったら次の瞬間には空間に溶けるように消えていた。仮面が割れて出てきた顔にショックを受けたような顔をしたヴィオラ。仮面で隠されていた顔に、動きが止まる。
「カルサイト……さん?」
 それは午前中に話した同じクラスの銀髪が印象的なセレスタイトの姉であるカルサイトと全く同じだった。カルサイトという人物だと確信したのは、セレスタイトと似ている顔であったことと、失踪した翌日に出た新聞の捜索願欄に乗っていた顔と全く一緒だったからだ。
 ルアは消えた。その事とセレスタイトの姉のカルサイトだったことにショックを受け、ヴィオラは茫然とした。
「私の任務はこれで終わり。あとは報告するだけ」
 機械的な言葉が印象的だった。カルサイトは空に向かって円を一つ描くとふっと消えたのだった。
フェンスの中に取り残されたのはヴィオラ一人。フェンスの外は静かだが、誰も一言も発しなかった。唯一音が聞こえたと思い、そこを見るとキルカルが内鍵を外から開けてこちらへ向かってくるところだった。
 しん、と静まりかえったグラウンドの人達はショックを隠しきれないままで、先生達の指示に機械的に従った。
 ヴィオラはちらとクラスメイトの顔を見た。
 皆俯いたままで、表情は暗い。その中で一番先に目に入ったのは今にも泣きそうな顔をしているセレスタイトだった。話しかけようかどうしようかと迷った。だが今の自分では慰めの言葉をかけることができないと判断したのでやめておいた。

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