小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 実技授業中に学校の生徒が一人消えたことは、今の学校中の話題だ。休み時間でもその話題をする者は多い。何より生徒が消えたクラスの生徒は落ち込んでおり、セレスタイトもその一人だった。
 ……自分の姉がこんな失踪事件にかかわっていたなんて、信じられないし信じない。
 心の中でそう思いながらセレスタイトは頭をふるふる振った。セレスタイトの姉であるカルサイトは、この学校の卒業生で、この学校を卒業して士官になった。そのような個人情報一歩手前の情報も漏れだしているらしい。だがセレスタイトとの血の繋がりまでは生徒内ではまだ知られていない。
 士官のカルサイトのことを、学校の生徒の中には批判する者もいた。学校中が騒ぎになっている出来事は廊下を歩いていても会話が聞こえる。あの士官は頭が狂ったのか、犯罪行為じゃないか、などだ。
「姉さん…………」
 セレスタイトは、誰より尊敬するカルサイトの名前に傷がついていく様子を、見守ることしかできないでいた。

 消えたことに関してヴィオラの心の中はぐるぐると何かが渦巻いていた。あの事件がショックで落ち着いていられず、授業中は先生に何度も注意された。注意した先生は小声で「大丈夫だ」と言ってくれたが、ヴィオラの中はざわざわしていて騒がしい。
 ルアの失踪から二週間。クラスメイトは普通に授業を受けようとしていたが、ヴィオラ以外にもショックを受けていた人は少なくなかった。あれ以来休み時間でも教室は静かだ。そんな生徒は、特に実技の授業を受けている時の様子が落ち着かない。グラウンドに立つと、武器を構えると、また誰かがいなくなってしまうのではないかと、怖くなる。
「ヴィオラ君?体調悪そうだね……大丈夫?」
 昼食の時間。実技トーナメント中に起きた失踪事件から一週間後の日のことだ。ヴィオラはコーベライトと先輩のソラと久しぶりに昼食を一緒に食べた。ソラも大抵の話が聞いているらしく、ヴィオラとコーベライトの心配をしてくれた。特にクラスメイトのルアが消えたのを一番近くで見ていたヴィオラのことを気遣っている。
 ヴィオラにとってそのソラの気遣いが暖かく、優しく思えた。不安に押しつぶされそうになっているのを、ソラが一生懸命支えてくれているようだ。
 ルアが消えた瞬間を見ていたが、コーベライトも同じだ。ヴィオラの不安や事件が解決しない焦りを、ちょっとした言葉で少しづつ取り除こうとしてくれている。
 だから自分は不安というものに負けてはいけない。
 負けてはいけないのだ。
「ヴィオラ君……。コーベライト君もそうだけど、無理はしちゃだめだよ?」
 負けてはいけないと考えているヴィオラに、ソラはそう言った。昼食を食べ終わったソラはフォークを皿の上に置いた。
「ちゃんと食べなきゃ。ほら、まだこんなに食べてない」
 ヴィオラは、自分ではちゃんと食べているつもりでも、皿の上にはまだ半分も昼食が残っているのを見てため息をついた。そしてフォークを手に取り食べる。ちゃんと食べなくては、と慌てた様子のそんなヴィオラを見ながらソラは微笑んで言った。
「あのね、事件を目の当たりにするのはすごく辛いこと。でもその事件を解決して、辛さを解決するのが僕達士官候補生の仕事じゃないかなって思うんだ」
 ソラは脚を組んで、窓の外を見つめながら言った。ヴィオラとコーベライトはそんなソラの言葉を聞いている。ソラは続ける。
「辛さは仕事に付き物だよ。その仕事に熱心になればなるほど、そう。失敗したときとか、別の何かが入った時の衝撃が大きいんだよね。だから今ヴィオラ君はとても辛い」
 そこまで言って、ソラはヴィオラを見た。
「でも、この辛さはヴィオラ君のせいじゃない。だから自分をそんなに責めなくてもいいんだよ」
「…………はい」
 元気のない声で答えた。だがその返事はここ一週間に抱えていた元気のないものよりも、ずっとずっと元気のある声だった。ソラは「よし」にっこりと笑うと「一緒に事件解決に向けてがんばろうね」と笑うのだった。
「じゃあ僕は先に失礼するよ。次授業あるからね」
 ごちそうさまでした、と言うとソラは食器を返しに行った。その背中をヴィオラとコーベライトは見ていて「やっぱり言うこととか見方、違うなぁ」と呟いた。
「自分をそんなに責めなくてもいいんだよ、だって。初めてこんな言葉貰ったかもしれない」
「ああ……やっぱり学校の憧れの的は違うな」
 ソラの言葉で元気が出たのか、残っていた昼食を食べる。それをみながらコーベライトは「俺もそんな風になりたいなぁ」と壁にかかっている時計を見ながら言う。
「前も言ってなかったか、それ」
「そうだっけ?」
「まぁ、がんばれ」
 よし、いつもの自分だ。そう思いながら二人顔見合わせて笑った。
「そうだ!俺らも次の時間授業だった」
「あ、そうだったな」
 次に授業があったことを思い出して、昼食をかきこんで二人は教室へ向かった。

 チャイムの鳴った学校の門には、一人の男が煉瓦で作られた門に身を預けていた。姿は色白の肌の男だった。その男は口を開き、呪文のように唱える。
「僕はどこにいるんだろう……」
 男は頭を抱える。
「……僕はどこにいたんだろう」
 わからないよ、思い出せないよ。そう男の口が動く。なにもわからないまま、男は頭を抱える。分かることと言えば、それは自分の身体が異常に震えていることだけだった。

「た、大変です!」
 静かに先生の話を聞いていた教室の中に、女性教職員であるアマが赤い髪の毛を震わせて飛び込んできた。びっくりしたのは授業をしていたキルカルもそうだが、授業を受けていた生徒の視線もアマのほうへ集中する。
 ヴィオラは何事だと思っていると、隣にいたコーベライトが「なにかあったのかな」と小声でヴィオラに言う。
「キルカル先生!大変なんです!」
「一体どうしたんだい?」
 アマは急いでくださいと言わんばかりにキルカルの腕をひっぱった。
キルカルが「冷静になるように、アマ君」というと、アマは落ち着きを取り戻りして、キルカルもその教室にいた生徒達も予想していなかった言葉を口にしたのだった。
「失踪事件の失踪者が……見つかったんです!学校へ助けを求めに来たんです!」
 生徒の間では不安そうな表情をたたえている生徒もいた。キルカルは生徒達に「ちょっと自習してて!」と言うと、アマに会議室に連れていかれた。
 そこにはデータがあった。データには「細身の中年男性」と書かれており、その他の情報はなかった。

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