小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 失踪者が見つかったその日の夜は士官候補育成学校の教員も含め、事件の捜索に携わっており、なおかつ指示を出す立場の人間が集められて会議が開かれた。
その失踪者の捜索願いが出されたのは今から約三カ月ほど前のことだった。失踪事件は目撃者も探してもおらず、事件の現場に痕跡も残されていないので捜査は難航していた。
 士官の一人は頭を抱えた。今日見つかったこの人物に話を聞きたいのだが、身体が異常なほど震えていて話せる状況ではないのだ。犯人はどんな顔をしていた?失踪していた間はどこにいたのか?そのような質問をしたいのだが失踪者はげっそりとやせ細った顔は何も答えようとはしなかった。
 目の下の隈からして、眠れない日々が続いたのか?白髪が多くなった髪の毛を見て、この白髪は失踪前からあったのか、それとも恐怖で髪の毛が白くなりかけているのか?と考えて質問しようとしたが、やめた。これ以上この失踪者に何を問いかけても無駄だ。そう冷たいと思われる判断をしたから。

 見つかった失踪者は病院のベッドの上にいる。その病室の窓を見るように立っているのはキルカルとアマだった。
「心配ですねぇ……」
 何も答えない失踪者の状態を気遣うようにアマは呟いた。
「そうですね」
 隣にいるキルカルは淡々とした口調で病院をじっと見つめている。いつになく真面目だ。どんなときもユーモアを忘れないはずのキルカルを不思議がったアマは首を傾げた。キルカルはアマの表情に気が付き「どうかされましたか?」と問うた。
「い、いえ……キルカル先生が何か思いつめた様子だったので……すみません」
 ぺこりと慌てたように謝るアマ。それを見ていつもの調子を取り戻したようにキルカルは「謝らなくていいですよ!」と言うのだった。そして続けてこう言う。
「心配ですね。この前の実技トーナメントでルア君を消したのは、我が士官候補育成学校の卒業生……」
「そう、ですね……ルアも、カルサイトも……このように無事に帰って来ることができるといいのですが……。それを願うばかりです」
 アマには心配なことが二つあった。一つは失踪しているルアとカルサイトが、帰ってきても状況を話せる精神状態かということ。もう一つはカルサイトに犯人としての逮捕状がでるのではないかということ、だ。だがアマには一つ思うことがある。
「あの、キルカル先生」
「ん?」
「このような考え方は駄目でしょうか?カルサイトは何か弱みを握られているとか……だから仕方なく失踪事件の犯人としているのではないか。……先ほどからそう考えています……」
 それがアマの考えだった。アマにとってどの生徒も大切な教え子だ。だからだろうか、カルサイトをすでに犯人扱いしている人達の思考が受け入れがたいのだ。
「すみません……。カルサイトが自分の意思で犯人になっているなら話はまとまります。カルサイトの失踪は演技、で失踪者はカルサイトがやった、という……。でも、でもですね」
「わかるよ。アマ君はカルサイト君を信じているんだね」
「…………はい」
 アマは小さく息をついた。キルカルは笑ってアマを落ち着かせる。
「でもね、それだと話が繋がらないんだ。一番最初に発生した失踪事件……それは誰がやったのかということを詳しく調べ、犯人を捕まえなくてはいけないと思うんだ」
 その言葉にアマは笑顔を見せた。

  ▽△

 セレスタイトは悩んでいた。先ほどからある人物をちらちらと見ている。その人物は以前のトーナメント以来から自武運の悩みを真摯に受け止めて話し相手になってくれている。
「…………あ」
その人物と目が合い、友人と話している話を中断した。いつもの合図をして教室を出て行くのを見送り、セレスタイトは数十秒を心の中で数えてから自分もさりげなさを装いながら教室を出て行った。

「気がつかなくてすまない」
「いえ、いいんです。また話を聞いてくれますか?……ヴィオラさん」
「ああ、いつでも」
 そう言ってヴィオラは笑った。セレスタイトがヴィオラに悩みを打ち明けるようになり、こうやって校舎の屋上で話すようになってから結構な時間が経つ。
「すみません、いつも時間を取らせてしまって」
「いや、大丈夫だ」
 誰もいない屋上の柵に寄りかかって話す。ヴィオラに話すことはいつも同じような内容だが、ヴィオラは黙って聞いていてくれる。呆れた顔もせずに、つまらなさそうな顔もせずに。セレスタイトはただそれが嬉しかった。
 今日も政府から犯人扱いされている姉の話だ。ヴィオラはセレスタイトの話に相槌を打ちながら「そうか……」を繰り返すのだった。そして話し終わった後にはいつもこう言ってくれる。
「大変だな……人ごとに聞こえたらすまない」
「い、いいえ……!わたしが勝手に話しているだけなので!気にしないでください!」
 慌てたように言う。だが、ヴィオラは本当に申し訳なさそうな顔で「すまない」ともう一度言う。それは自分と同じ立場ではないからなのかな、とセレスタイトは思った。いつもはこのような流れで終わるのだが、今日のヴィオラはいつもと違うことを口にした。
「はやく探してあげないといけないな。カルサイトさんとセレスタイト、仲良かったんだろう?だからはやく探してあげて、家族で再会を喜んでほしいと思っているんだが……」
 いつもと違う発言に、びっくりしたような顔をするセレスタイト。その言葉がとても心に響いて、ああ、この人は捜索に全力で臨んでいるんだな。そう感じさせた。
「辛いんだろ?だからはやく探してあげような」
「…………はい」
 視界が歪む。下を向いた拍子に熱い涙が頬伝い、彼女は彼の前で初めてぽろぽろと泣いた。

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