小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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「うそ…………」
 昼休みに卵の様子を見に来たソラは、目を見開いた。
 植物園の天井はもう作りかえられていて、前のように光が入る分厚いガラスの部屋だった。校舎の鍵もちゃんとかかっていた、荒らされた形跡もない。
 だがソラは神経を研ぎすまないとわからないような異変に気がついた。
 空中に浮かぶエネルギーが、いつもよりだいぶ少ないということ。
「…………やられた…………ッ!」
 そう叫んで地面を拳で叩いた。そして悔しそうで悲しそうな顔をしながら、もう一度その場所を見つめる。
 校舎の真ん中には大きな葉の植物があり、そこに隠れるようにして、ソラが大事に世話をしている卵はあったのだ。
 嘘だよね。
 そう呟いて、ソラは空白になった場所を撫でる。土を握りしめ、強く泣きそうな声で「ねぇ、誰か嘘だって言ってよ……」と熱くなる目頭を押さえた。
 自分が任された卵とあって、最初世話を頼まれたときにものすごく嬉しかった過去の自分を思い出して悲しくなった。そして「護れなくてごめんね……」という言葉を繰り返す。
 ソラは目頭を押さえながら校舎内に広がるエネルギーを探る。まだ犯人のエネルギーは残っているか。いや、少しでもいいからヒントが欲しいと思っているソラの中に、指先に触れるようなたしかな感覚を感じた。
 目頭を押さえて数分。目は少しだけ赤みを帯びていたが、ソラは真剣な表情で立ち上がり、たしかな意思を持って校舎から出て行く。

 ソラは自分が感じたかすかなエネルギーをたどって外に出る。その校舎のすぐ近くに、次受ける授業がある校舎がある。もう少しで授業は始まってしまうというのに、ソラは厳しい表情のまま校舎を無視して門を出る。それを止める者は誰もいない。
 だが、ふと向こうから一人の青年が慌てた様子でこちらに向かってくる。遅刻で来た生徒なのかなと、ソラは思った。
「やっべ……オレ様が昼の授業遅刻じゃねぇか……。あんのコーベライトの野郎のせいで電気抜いてもらっていたから、ただでさえ午前は休んだっていうのに……ッ!」
 コーベライト、という仲の良い後輩の名前を聞いて振り返った。気がつけばその単語を発した青年に近づき「貴方って攻撃部門の二年生?」と話しかけていた。
 何をやっているんだ、自分は。そう思いながら不思議そうな顔をしている、二メートルほど身長がありそうなその青年に話しかける。話かけられた青年は、ぽかんとした表情でソラを見ていた。そしてその次は嬉しそうな表情に戻った。
「えーと……たしか四年生のソラ先輩ですよ……ね?オレ、話しをするのって初めてだ……!」
 少し興奮気味の青年を微笑ましく思いながら「そうだね。初めてだね」と笑った。
「あのさ、頼みたいことがあるんだけれど」
「へ?あ、ああ。いいですよ、なんでしょうか?」
「ヴィオラ君とコーベライト君に……よろしく伝えておいてくれないかな」
 そう言うと荷物は校舎に置いてきたままで、ソラは背を向けて去ってしまった。遅刻しそうな青年・ガルゴは、ソラの言葉にぽかんとしながらも授業があることを思い出して校舎の階段を駆け上がった。

「おいコーベライト」
「おう、なんだよガルゴ」
 遅刻ギリギリのところで授業を受けたガルゴは、放課後になるとまずコーベライトに近づいた。コーベライトとは、あの実技トーナメント以来まあまあ仲が良い関係にある。その「仲が良い」と思われていることと自分が思っていることが、何故か無性に頭にくるものがあるのだが、ソラからの伝言を伝えるために今回は勝負の話とかはなしで話しかけた。
 その時にふと切りだされた。
「あのさ、その傷まだ痛む?」
 コーベライトの視線はガルゴの顔ではなく、コーベライト電気技で攻撃したガルゴの腕に注がれていた。それに気が付き「一週間も電気抜きの治療ってどういうことだよ」とガルゴは独り言のように呟いた。一方コーベライトはそれに頭を抱え、言う。
「そっかー。あの時電気を抜いておけばよかったー」
「……は?どういうことだよ」
 ガルゴがコーベライトの言葉に眉間に皺を寄せる。コーベライトは悩んだ表情をしながら「俺の電気技は、電気浴びたあとはやめに電気抜かないと、抜けにくくなるの!」と言った。言った後に「やばい……」と頭を抱えた。それを聞いてガルゴはわなわなと震えて、ついいつもの癖でコーベライトを殴りつけようとした。だがそれを制する者がおり、ガルゴは殴ろうと上げた拳を下げた。
「お前ら……せっかく仲良い感じになって教室も穏やかになったのに、またその雰囲気を壊す気か」
 コーベライトを攻撃するな、だったら間違いなくガルゴはその言をした奴も殴っているに違いない。だが自分のせいで悪かった教室の雰囲気のことを言われたのでガルゴはその発言をした人物を見た。
「んだよ、ヴィオラ……それは、昔のことじゃねぇか」
「昔って、まだひと月経ってないぞ」
 そこにはもう一人のソラの伝言を伝えようと思っていたヴィオラがおり、二人の様子に呆れた顔でいた。ガルゴの隣に立ち、コーベライトに「なんでそのことをはやく言ってなかったんだ……」と彼にしては少々大袈裟に、額に手をおく。
「だってだってだって!……ガルゴすぐに行っちゃったしー」
 そう苦しい言い訳をするコーベライトを見てため息をつくと、ヴィオラは「お前の力でなんとかできるんじゃなかったか」とヴィオラは言った。コーベライトがヴィオラの顔を見て数秒。そして興奮気味に「そうだ!ガルゴ喜べ!俺にはガルゴの中の電気を取り除くことができる!」と机をバシバシと叩いた。
「お前ら…………」
 思わずガルゴも額に手をやった。
「できる……はず?」
「疑問形かよ」
 コーベライトはガルゴの腕に手をかざす。そして光がバチッというと、ガルゴは身体の中、特に腕に溜まっていた電気が取り除かれたのがわかった。
「よーし、これで完了〜。電気はこれでいいはずだ!」
 よし!というコーベライトに対して一瞬だけ、俺の今までの病院通いはどうなった、と言いたくなったがやめておいた。
「いやーよかった。ガルゴの電気が無事に取り除かれて!ところでなにか用事があったじゃないの?」
 コーベライトが小首を傾げた。そのことばでガルゴは、忘れてはならないソラの伝言を「おお」と思い出した。
「そうだ、忘れるところだったぜ」
 腕の電気がなくなったことにより、痺れが取れたガルゴは二人に視線を落とす。ヴィオラがコーベライトを見、コーベライトはガルゴを見上げながら目をぱちくりさせた。今から何を言われるのだろうか、というところだろうか。
「お前ら最近、四年生のソラ先輩と仲いいよな?」
 ガルゴのその言葉にコーベライトは嬉しそうな表情で「あー!すごいカッコいいよ、ソラ先輩!」と興奮気味に言う。
「なぁ、ヴィオラもそう思うだろ?」
「ああ、たしかにソラ先輩は言動もカッコいい」
 ソラを絶賛する二人にガルゴは「へー……」と少しうらやましそうな顔でいた。そして用件を思い出したように二人に話を切り出す。
「今日の昼にソラ先輩に会ったんだけど、先輩はお前らに、よろしくって言ってたぜ」
 そう言ってガルゴは初めて話した時の、あの時の、ソラのなんだか悲しそうな表情の入った笑顔を思い出す。
 ……なんであの時悲しそうな笑顔だったんだろう。
 ソラのことが気になって、でも自分が首をつっこむところではないと思い「じゃあな」と身を翻してその場を去った。
 一方、ソラからの伝言を伝えられた二人は首を傾げたりするままで「ソラ先輩の気遣いかな」とコーベライトがぽつりと言った
「今夜に捜索あるから、その時また会えるだろう。近くの班だったはずだからな」
 ヴィオラの言葉に「そうだね」とコーベライトは頷いた。その時は特にその伝言を深く受け止めていなかったのだ。
 そう、深く。

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