小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 ソラは翼を生やして飛んでいた。午後の授業を受けず学校を飛び出して、ただある場所を目指して。
 右の腕を時折かざして位置を確認する。そろそろ日が暮れてしまう。だからその前になんとか辿り着かなければ。そう焦っていた。服をめくり上げた右腕には光の証があって光は発したり消えたりしており、これは卵自ら自分の危険を知らせているものだった。消えるたびに卵になにかあったのではないかと焦る。
「はやくしないと……」
 焦った様子で苛立ちさえ覚える。それを押さえて冷静になろうとも、どうしても声に出てしまう。ああ、この空の中で焦っているなら、もっと冷静になればいいのに、と心の中で呟いた。
 ソラは卵のエネルギーを感覚で探る。だんだん卵と距離が近くなってきたのを感じた。光の証が熱を帯びてきているのがわかるからだ。
卵のエネルギーが発せられているのは、今自分の下にある森。残念ながらエネルギーを感じるのが森ということしかわからず、着地して探すしか方法がないようだ。森の中に卵があるのは分かっている。森へ入るため、翼を少し下げて下降しようとした。
 その時、黒い影が森の中からソラめがけて飛んでくる。同時にソラの光の証がちかちかと激しく光った。
「ねぇ。卵のリーダーってどうやったらわかるのかしらぁ?」
「……!」
 下降しようとしたソラめがけて黒い光がシュッという音とともにそばを抜けていった。服の端が少し裂けた。
「ねぇねぇ、知っているのだったら教えてちょうだい」
 黒い光の攻撃をかわしたのはいいが、翼と風のバランスを崩してしまった。楽しそうな、女の聞き覚えある声がソラの耳に届くころには、森の木々が目の前に迫っていた。

 その頃、ベルメン士官育成学校の上空には新たな客がいた。
「ふむ。今日も失踪者の捜索をするのか……熱心な学校だね」
 それはユーディアだった。一人でいるユーディアは翼を広げ、さっと屋上へ立ち翼を畳む。そして周りを気にするようにきょろきょろとあたりを見回す。
 ……シルエットは今頃戦っているのだろうか。
 学校の授業が終わり、捜索隊に加わろうとしている生徒たちを眺めながらそんなことを考えた。彼自身、彼女のことをこれほどまでに考えるのは何故だろうと思う。だが、一つだけ言えること、それはユーディアはシルエットのことをとても信頼し、また心配しているということだ。
 ふと彼は膝をついて床に手をつけた。両手を床につけると、水の波紋が広がるように屋上の床が波立ち、床の下がどうなっているかが見えた。
 ユーディアは床から手をはなし、腕を組んでこれからどうしようかと考える。
 その時、一人の生徒と目があってしまった。
「参ったね」
 そう言ってユーディアは笑い、翼と武器を出してこちらにスピードを上げて飛んでくるヴィオラを見た。
「お前は誰だ?」
 怪訝そうな顔で問うヴィオラに対してユーディアは楽しそうな表情をした。
「見つかるのがはやかったね……」
 そう言って前髪を払う仕草をした。ヴィオラは手にある大鎌を構える。その瞬間にユーディアの眉がぴくりと動いた。そして「その大鎌は……」と呟く。
 ヴィオラは鎌をユーディアに向かって振るうと、砂埃。正確には風を大きく舞わせたものだ。ユーディアのもとには衝撃波などの類の攻撃は来なかった。
 砂埃を利用して身を隠し、ユーディアに素早く近づいたヴィオラは大きく鎌を振るう。ユーディアは余裕そうな表情でその攻撃をかわし、地面を蹴る。砂埃の届かない上空へ飛んだユーディアを追って、ヴィオラも地面を蹴った。素早い行動でユーディアと対になると、ユーディアは笑ってこう言うのだった。
「君達のことはシルエットからよく聞いているよ!戦ったんだってね」
 対になったヴィオラに聞こえるように大声で言った。ヴィオラは「シルエット」という単語に反応して「お前はあの女の仲間なのか!」と叫んだ。ヴィオラが鎌を振り上げてユーディアに払おうと思った時のことだった。ユーディアはヴィオラの振るう鎌を見る。
「君の鎌……シルエットの鎌ととてもよく似ているよ!」
「どういうことだ?」
 ユーディアの発した言葉の意味がよくわからず、戸惑うヴィオラ。シルエットの鎌と似ている、という言葉がひっかかったのだということがユーディアにもわかった。
 たぶんこの様子だと、シルエットと初めて対峙したときにあっちも気がついていたのだろう。
 ユーディアは心の中でそう思って「おもしろいね……」と呟き、笑って手のひらに光をこめた。

 森に落ちた時に枝や葉がクッション代わりになってくれたのだろう、バサバサという葉の擦れ合う音が聞こえた。そして次の瞬間には息が詰まるほどの衝撃をソラは受けた。
「いっつ…………」
 脳にまで来る刺激だ。落ちた衝撃で全身が痛い。痛むところをさすりながら、そばにあった木を支えに立ちあがって周囲を見渡し、警戒する。
 夕方の日が暮れている時間だからだろうか、あまり光の入らないこの森の中で、日暮れによりますます光が入らずに暗くなってきたなぁと感じていた。日が暮れる前に何とかしないと。日が暮れてしまったらそれこそ自分は迷子になって卵は見つけられない。
「ごめんなさいねぇ、痛かったかしらぁ?」
 のんびりとした声のする方へ振り向くと、そこにはあの時の、卵を狙いに学校へ襲撃をかけにきたシルエットがいた。彼女はその細身に似合わない大鎌を持ちながらこちらへと近づいてくる。ソラは警戒して手のひらに光をこめ、いつ攻撃が来てもいいようにと構える。
「あらぁ、まったく物騒な子ねぇ」
「物騒なのはお前の方だ」
 ソラの発言に「そうね」と笑うシルエット。正直ソラの今の気持ちを表すと「不愉快」だ。この女の目的は学校に襲撃をかけて来た時に聞いた。そして今の行動。目的を達成するためにはどんな手も使わないということか、そうソラは思った。
手のひらに光をこめるソラは、シルエットとの距離を保ちながら周囲にも警戒する。
 シルエットは大鎌を握っている手を掲げて鎌を片づける。ソラの計算では予想外の行動で少し驚いたが、やっぱり周囲への警戒を怠ることはない。シルエットがエネルギーの塊などをぶつけて攻撃してくるかもしれないからだ。
「ねぇねぇ」
「今度は何だ」
 少々呆れた様子でシルエットの質問を受け付ける。それが嬉しかったのか、シルエットは子供のように笑った。
「卵、探しているんでしょう?」
 卵、という単語を聞いてソラは「卵はどこだ?」と声を荒げた。
「あの卵、キミとても大事そうに護っていたわよねぇ?この森に来たのも、卵を助けるためでしょう?」
「卵を返せ!」
 いい加減に苛々してきたソラ。シルエットが卵のことに触れ続けて、ソラの怒りを楽しんでいるようにしか見えないのだ。シルエットの何がしたいのかわからない言動は前回と全く変わっていなさそうだ、とソラは思った。
「卵……ねぇ」
 ソラは腕の光の証を確認する。
 光はちかちかとついたり消えたりが激しい。この近くにあるといことか、ビンゴだなとソラはこの近くに卵があることを確信する。卵の無事を願いつつ、でも目の前のシルエットが確実に卵のありかを知っているようで、ここで戦闘になってまた逃げられては卵の居場所はわからない。そう判断して、ソラはシルエットと会話を続ける。
「そんなに焦らなくてもいいのよぉ?」
「大事な物を盗られたら、焦るに決まっているだろう」
 そう言って手のひらにこめた光をまた大きくする。光を大きくするということは自信の力を膨れ上がらせるということで、シルエットはソラの手のひらを見つめた。

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