「ねぇ、そんなに光を大きくしなくても……よくないかしらぁ」
ぽつんと言う。
ソラには何故かわからないが、シルエットが戦意を喪失しかけていることに気がついた。こころなしかシルエットの顔が青い。もしやと思い、両手のひらを掲げて光をまた大きく、そして力を出し切るように光を最大限に手のひらにこめた。
シルエットの手が震えている。そして手で頭を押さえて、その場に崩れ落ちた。彼女の背中の翼は消え、体調が悪そうに地面に手をついた。
「まさか……エネルギーに弱いのか?いや、でも大鎌と翼を出せたんだ、お前にだってエネルギーはあるはず……」
ソラが言うと、シルエットは頭を振って自嘲気味に笑った。
「あたしのこれは自分の力のエネルギーではないのよぅ……周囲からのエネルギーを吸収してやっと力を使っている、という感じよぉ」
辛そうに言った後、シルエットは「ああ、すごく気分が悪いわ」と言う。
ソラは両手を掲げたままで複雑そうな表情をしている。体調の変化を訴える彼女は演技をしているのか、それとも本当に体調が悪くなってしまったのかがわからない。たぶん本当に調子が悪いのだろう、だがソラはエネルギーを発することをやめることをしなかった。エネルギーを発することをし続けている、その時だった。
ピキピキ……ッ!と何かが割れようとしている音が聞こえた。その音の方向を見るとソラは笑顔になる。
「あった…………!」
ソラが探している卵は木の上に護られるように作られた、鳥の巣を連想させる場所にあった。ソラのエネルギーを吸って、今にも孵化しそうな卵だった。そうだ、卵はエネルギーを吸い取って孵化へとまた近づくということを今思い出した。
「うぅ……」
シルエットが唸り声を上げる。ソラはエネルギーの光を押さえようとはせず、卵のほうをじっと見つめながらエネルギーをまた少しだけ強くした。
「やめ……っ!もうやめて……!」
かすれる声でシルエットが叫ぶ。先ほどの余裕は全くないようだった。
ピキピキ、と卵が殻を割って孵化しようとしている。ソラにとってはこちらが卵を孵化させてしまえば、こちらの勝ちだ。
「こわかったよね、今孵化させてあげるから……」
先ほどまでの厳しい表情までとは一変、ソラは卵に対して優しい表情に戻り、卵にエネルギーを注ぐ。エネルギーの方向がこちらへと変わって、ますます力を与えられた卵は、パァン!と破裂した。
「や、やった……孵化、した……」
卵の中からはたくさんの蝶。正確には蝶の形をした種。蝶は夕暮れの空へと飛び立ち、その蝶の姿はキラキラしている。孵化した卵の殻は光の粒となって蝶と共に飛んでゆく。
その姿は幻想的すぎて、気がつけばソラは感動で涙を一筋流していた。
……ヴィオラ君とコーベライト君にも見せたかったなぁ。
それが唯一の心残りで、孵化した様子をシルエットも見ていたのだろうかと振りかえると、シルエットは頭を抱えていた。
「も…………そのエネルギーやめて……!」
ソラがエネルギーの発動をやめると同時に、涙を流すシルエットは糸が切れたように意識を手放した。
「エネルギーを吸って操作していた……?」
先ほどのシルエットの言葉が気になり呟いた。だがシルエットは意識を手放していて、気絶している人にそんなことを聞いても答えは帰って来ないのは分かっている。ソラが「この、どうしよう……」と思っていると飛び立ったはずの蝶が数匹戻ってきて、そのうちの一匹がシルエットを護るシールドを作った。
「優しいんだね」
蝶のシールドならエネルギーではないから、彼女の体調も大丈夫だろう。
「じゃあ、この場はまかせてもいいかな?」
シールドをはった蝶は、いいよ、というように青い光を優しく発した。ソラは笑顔になり、数匹の蝶を連れて学校へと戻るために飛び立った。
シルエットのエネルギーの気配が消えた。
「どうした?」
ユーディアの動きがぴたりと止まり、大鎌を構えているヴィオラは怪訝そうな顔をする。これも一種の作戦なのかと思い、ヴィオラは攻撃をやめて防御の体勢に入った。一方ユーディアは目を少しだけ見開いており「いや……なんでもないよ」と冷静さを装うのだった。ユーディアは自分でも見抜かれるような下手な演技だと思った。だがそうでもしなければ、消えたシルエットのエネルギーの気配を探すことはできないし、何より不安に耐えられなかった。
シルエットのエネルギー……一体どうしたんだ。
「すまない、君とはもう少しお手合わせ願いたいところだけれど……今日はこれで失礼するよ」
そう言うとユーディアは床に向かって急降下する。そこでヴィオラは絶句した。
「なんだ……あの能力は……」
先ほどまで戦っていて、そしていきなり戦いを強制的に終わらせたユーディアが、床を水辺に飛び込むように床をすり抜けた。
そのままユーディアは誰もいない廊下を翼を広げて飛び、あまり目に付かない場所の壁に手をつき、すり抜ける。
嫌な予感がするのだ。
ユーディアは翼を広げて全力で飛ぶ。彼の向かおうとしている場所はシルエットのエネルギーがかすかに感じる場所。そこを鋭く察知しながら彼は飛ぶ。
「……無事でいてくれ」
それが彼の願いだった。不安と焦りが全身を駆け巡る。嫌な予感しか頭の中に泣く、ユーディアはこれ以上ないほど焦っていた。どうか無事でいてくれ、という言葉を呪文のように呟き続けると、心の中にずっとあった言葉を唇にのせた・
「無茶な戦いはするなと、あれほど言っておいたのに……!」
それはシルエットの弱点のことで、ユーディアは泣きそうに顔を歪めた。いつも完璧に仕事をこなす彼女。そんな彼女とは結構長い付き合いだが、弱点が誰にでも操れるエネルギーだったということをユーディアは最近になって知ったからだ。
きっかけはユーディアがエネルギーの増幅の練習をしている時だった。シルエットが頭を押さえているので何事かと思って近づくと、彼女らしくない焦った表情をユーディアに見せたのだった。
「あたしねぇ、力のエネルギーに弱いのよぉ」
彼女は言った。この言葉を聞いた時は衝撃を受けた。仕事帰りのときに時々頭を押さえているなとは思っていた。大抵はエネルギーの操作が得意な相手と戦った時で、ユーディアはただシルエットが自身のエネルギーを使いすぎたのかと思っていた。
そんなことを知った後だったので、卵をエネルギーの強い森の中に入れて孵化させようと、シルエットが提案したときにユーディアは全力で彼女を止めた。だがシルエットは反対意見を振り払って「あたしが卵を見守っているわぁ」と笑顔で言った。
……シルエットが頭を押さえていることに気がついたのは、士官候補育成学校に彼女が一人で乗りこんだあの夜から。そして今日生徒の一人と対峙したことでわかった。この学校には大量のエネルギーと体力のエネルギーを持つ生徒がたくさんいることを知った。
こんなところにシルエットが来たら自殺行為ではないか、とユーディアは思った。
そこでユーディアはシルエットが今まで無理をしてまで自分の目的を達成するためだけについて来てくれていたのだとわかった。
今回シルエットは「大丈夫よぉ」と行ってしまったが、本当はものすごく体調が悪かったに違いない。そし、また気がつく。
どんなに体調が悪くなろうとも、が大きすぎる場所に行くときでも嫌なはずなのに、辛いはずなのに、そんな顔を一切しない彼女。自分は今までシルエットのことを知っているつもりでいた。だが何も知らなかった。シルエットの考えていること、体調の面など、知ったつもりでいて何も知らなかった自分を、殴りたくなりそうな感情に襲われながらユーディアは呟く。
「どうか、無事でいてくれ……!」
それが彼の願いだった。
夕日は沈みはじめ、星が出てきている。