小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 学校の敷地内。しかも戦いぶりがよく見える場所で戦闘を行ったので、当然ヴィオラは大目玉をくらった。あの戦いは一部の生徒に見られていたようで「他の生徒が学校の規則を破って、敷地内で戦いを始めることになったらどうするの!」とアマに言われた。
「全く……。戦闘っていうのは知っていると思うけど、本当に大変なのよ?キルカル戦線によると、この前も別の侵入者と戦闘をしたそうね?」
「あの時は……急だったんです。今回も急で……」
「先生を呼ぼうとか、考えなかったの?」
 その言葉にヴィオラは黙る。
 たしかに、まだ完ぺきに戦闘の技術を身につけていない生徒が戦闘をするなんて、とても危ないことだ。そう思うのだが急な侵入者発見でアマの言う「助けを呼ぶ」ということは頭から吹き飛んでいた。
「以後、気をつけます」
 もごもごとした口調で、言い訳もきかないアマの前。そこで反省した様子のヴィオラを見て「今度からはそうしてちょうだいね?」と言われて解放された。
「……失礼しました」
 お説教をくらった部屋を出てドアを閉じる。ドアノブを掴んだまま、ヴィオラは今日戦った男のことを考える。
「なんであんなところにいたんだ……?」
 呟くと、遠くから「ヴィオラ!」と名前を呼ばれた。見ると廊下をコーベライトが走りながら名前を呼んでいた。
「どうしたんだ?」
 コーベライトの何か急いでいる様子が気になって問う。コーベライトはヴィオラの前で止まると、息を整えながら「卵……!」と言う。
「卵がどうかしたのか?」
 何か嫌な予感がする。コーベライトは息を整えて「卵、なくなっているんだよ……!」と言った。その言葉にヴィオラはびっくりして「ソラ先輩は知っているのか?」と慌てて言う。
「卵がないから、ソラ先輩に言わなきゃ、って思って今探してるんだよ!」
 ヴィオラも手伝って!と言うと、ヴィオラの脳裏に今日戦った侵入者の顔が脳裏をよぎり「コーベライト、キルカル先生のところに行こう」と言う。
「なんで?」
「卵を盗った犯人に心当たりがあるんだ」
「本当!」
「ああ、だからキルカル先生のところに行こう。……先生には言ったのか?」
「言ったよ!たぶんまだ植物の校舎にいるはず!」
 急いで卵のあった校舎を目指して二人は走る。思いつめた顔をしている二人の生徒が、急いで階段を駆け降りる様子をすれちがった生徒たちは不思議そうに見ていた。
「先生!」
 コーベライトの言うとおり、キルカルはまだ植物の校舎の中にいた。卵のあった植物のそばに膝をついて、見る人によっては思いつめたように、そしてある人によっては悲しそうにその場を見つめていた。
「先生、先生!」
 二人が校舎内に入る。キルカルの首が動いて二人を見る。キルカルのいつもの優しそうな笑顔はない。代わりに厳しく悲しそうな顔で「二人とも落ち着いて」と言う。
「ヴィオラが卵を盗った犯人に心当たりがあるそうなんです」
「そうのかい?」
 キルカルは少しびっくりしたように目を開く。ヴィオラは「はい」と言い、先ほど戦った相手のことを話す。話せば話すごとにキルカルは、容姿や技の特徴を詳しく聞いてくるのだった。
「……そうか。アマ君から聞いていたけど、その人物が犯人の可能性が高いね……」
 顎に手をかけ、考え込むキルカル。そしてふと気が付き「まだ見つかっていないんですけど、ソラ先輩は知っているんですか……?」とコーベライトは尋ねた。
「ソラ君かい?」
「はい」
 キルカルは言うか言わないでおこうか考える。コーベライトが首を傾げて「先生?」と聞くと、キルカルはしばらく黙っていたものの、口を開いた。
「……ソラ君、午後の授業には一つも出ていないそうなんだ」
「それって……」
 キルカルは頷き「もしかして卵を探しに行ってしまったのかもしれない……あの卵のエネルギーの気配が一番わかるのはソラ君だからね」と難しい顔をして言った。
「でも、二人とも。急いでソラ君を探しに行かないように。こちらに任せておいてくれないかい?」
 キルカルの言葉に、二人はショックを受けたような顔を見合わせた。今自分達が動いても何もならないということを考え、二人は静かに「わかりました……」と言った。

「シルエット!」
 ユーディアが森の中にいるシルエットのエネルギーを探りながら進む。その森はエネルギーに満ちていた。普通の人ならばそのエネルギーを受けて自分のエネルギーも膨らませることができるくらいの、エネルギー。
森がキラキラと光っている。そのことぉ不思議に思っていると、ユーディアのすぐ隣を光る蝶が通った。はっと振りかえると、それは確実に卵から孵化したばかりの蝶だ。その蝶はユーディアの頭の上を円を書くように飛ぶと、まるで「来て」と言っているようにユーディアを導く。
 ユーディアは不安げな表情をしたまま蝶についていく。その蝶がきっとシルエットの行方を知っているのだと信じた。
 蝶が森の奥深く。一番エネルギーの高い場所に案内する。するとユーディアの目には半円のシールドが見えた。一瞬だけそのシールドがエネルギーの力により固まってできたものかと思っていたが、その中には人が倒れていた。
「…………シルエット!」
 シールドが壊れてしまうとエネルギーが直に当たる形になる。シールドを剥がさないようにと気をつけ、そっと中に入る。そこには眠るように倒れているシルエットがおり、ユーディアは彼女の肩を揺さぶった。
「シルエット、シルエット!」
 脈はある。気絶しているだけかもしれないが、肩を揺さぶろうとも頬を叩こうとも彼女は起きる気配がない。「困った……」そう呟くと、ユーディアはシールドの外へ出て森の中の充満しているエネルギーを自身の中へ吸い取る。エネルギーを吸う技を覚えていてよかったとユーディアはこの時初めて思った。エネルギーが吸われた森の中は若干色がくすんで見えた。
 これで大丈夫だろう。
 吸い取ったのでシルエットが倒れている一番の原因であるエネルギーはなくなった。安堵の表情を浮かべてユーディアはシルエットの肩をまた揺さぶる。
「シルエット!」
「……ぅん?」
 彼女瞼が少し動く。起こそうとユーディアはシルエットの頬を軽く叩く。
「シルエット!大丈夫かい……?」
 ゆっくりと彼女の瞼が開く。今まであったシールドのおかげで、シルエットに森の中のエネルギーは触れていなかったらしい。だが彼女はまだ辛そうだ。
「ぁ、ユーディア……?」
「そうだ、私だ。わかるか?」
 シルエットの背中に手を添えて起こすと、彼女はユーディアに無邪気な笑みを見せるのだった。
「ごめんねぇ。あたし、失敗しちゃったぁ……」
 無邪気な笑みの中に涙が一筋。そんなシルエットが儚く辛く、ユーディアはいつのまにかこんな言葉を口にしていた。
「もう、がんばらなくてもいいから……ッ!」

 捜索が終わった後、コーベライトは星空を見上げて呟く。
「……ソラ先輩を探しに行くなって言われたけどね……」
 ヴィオラは黙っている。二人の中には不安が徐々に溜まっていく。ソラがいなくなったと聞かされた時から、二人は不安でたまらないまま時間を過ごした。頭の中はソラが無事かどうか、今どこで何をしているのかなどの考えがいっぱいだった。
 何度、無断で探しに行こうと思っただろう。だが先生達が探してくれると信じたが、やっぱり不安でコーベライトは「よし!」と言って翼を作る。
「おい、どこ行くんだ」
「ちょっと上空を見に行くだけだよ」
 コーベライトが飛び立とうとするのをヴィオラは止める。コーベライトは「見に行くだけ」と言っているが、そのままソラを探しに行こうとしているのがヴィオラには目に見えてわかっていた。
 どうしても行くといってきかないコーベライト。ヴィオラはため息をついて「わかった」と言い、ヴィオラも翼を作る。
「俺も行く」
 その言葉にコーベライトは笑顔になり、地面を蹴る。だがそれを制する者がいた。
「二人とも待ってよ。その必要はないから」
 聞き慣れた優しい声に、はっとなりヴィオラは振り返る。コーベライトはすでに地面を軽く蹴った後だったので地面に転んでしまった。「いてて……」と地面にぶつけた鼻を押さえつつ、声の正体をびっくりしたように見る。
「ソラ先輩!」
 声がシンクロする。二人の視線の先には盗られた卵を取り返しに行ったはずのソラいた。ソラはどこもかしこも傷だあらけの服が少し破けた状態でいたが、その表情は笑顔だ。
「二人ともごめんね。心配かけちゃったみたいだね」
 そう言って二人に歩み寄る。ソラの周りには数匹の蝶がいて、コーベライトはその蝶にびっくりしたような表情をしていた。
「先輩。まさか卵が孵化したんですか?」
 同じくびっくりしているヴィオラが問うと、ソラは「そうなんだ。二人にも見てほしかったんだけど……ごめんね」と謝罪の言葉を口にする。ソラの近くにいた蝶の一匹はヴィオラの頭上をくるくると回り、光の証がある手の甲にとまる。
 その姿がとても美しく泣きそうなほど儚くて、ヴィオラは思わず笑みを浮かべた。
「その蝶、ヴィオラ君がお気に入りみたいだね」
「お。ヴィオラずるいー!」
  コーベライトは「よく見せて」と蝶に顔を近づける。だが蝶はそれにびっくりしたらしく、ひらひらとソラのもとへと戻る。ソラは笑顔を浮かべて手に蝶をとまらせる。
「あの、先輩。先輩は卵を取り返しに……?」
「うん、行ったよ。そして無事に孵化させることに成功したんだ」
 危ない行為を笑顔で言うソラを心配しつつ、尊敬の念を抱く。コーベライトは「先輩が無事でよかったー!」と、星空の下で叫ぶように言う。
「本当に俺達心配したんですからね!」
「うん、心配してくれてありがとう。ごめんね」
 安堵の笑みを浮かべ、三人が笑い合う中でソラは両手を空に掲げた。その掲げた手の上を数匹の蝶が舞う。しばらく舞ったと思いきや、その蝶達は空へと飛んで消えて行った。
 それがとても綺麗な光景で、三人の誰も言葉を発しないほどだった。
 掲げた手を下ろす。ソラは二人に笑顔でこう言った。
「蝶は卵にいる間、不安に押しつぶされそうになってまで育っているんだ。でも彼らは強く生きている」
 だから僕達も……あの蝶達のように強く生きなくちゃ、ね。

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