小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 フローライトは学校に通う以外に店を経営していた。
彼女の営んでいる店は眠る時に見る夢を操作できる水晶玉を売っている。自宅でひっそりと営んでいるのだが、評判がよく、良い夢を見たいと願う客がよく集まる。昨日は忙しかった。今日は店のドアに休業の看板を掲げて、フローライトは店の中で一人、ほぅ、とため息をつくのだった。
 彼女自身がベルメン士官候補生学校に通うことになり、しばらく経つ。学校は珍しいことや楽しい事がたくさんある。しかし楽しい事ばかりではない。悪い話も耳に入ってくるのだ。フローライトを心配させる、話。
 それは自分の兄の事で、学校に入学する前は元気な兄としてフローライトの目にうつっていたのだが、学校に入学すると兄のコーベライトが学校でかなり無茶をしているという話がよく耳に入ってくる。これは妹の自分としてはとても心配なことで、その兄の親友も無茶をしていて生傷が絶えないらしい。
 兄と親友は、最近裏のプロと戦った、という話を聞いた。
 最初にその話を聞いた時は信じられなかったが、帰って来た時に兄の肩に強いエネルギーを感じて、思わずそれに触れた時に全てが見えてしまった。
 フローライトにはエネルギーを使って時間を逆算して、少しだけだが過去を見る能力も備わっている。彼女が見たのは兄が地面に叩きつけられる瞬間。その映像が脳裏に映った時はぞっとしたのだ。
 兄は学校に入学してからいつもではないだろうが、こんな無茶なことをしていたのか。そう思うと、妹の自分としてはとても心配な気持ちに襲われた。自分にもっと力があれば自分がもっと兄のサポートができれば……そうフローライトは願ってしまった。そうすれば、兄もその親友も傷を負うような痛い思いをせずに済むからだ。
 カランカラン。
 店は閉めてあるはずだが、それは看板を掲げてあるだけでドアの鍵はかけていない。今日彼女が待っている来客のためだ。
 フローライトは客の顔を見ると、しんみりしていた顔から一変して嬉しそうな顔をする。
「こんにちは!」
「あらぁ、フローライト……さっきちょっと見えちゃったけど、しんみりした顔してたわよぉ?」
 そう言って客はにっこりと笑う。フリルのついた短いスカートと、肩を出した少し露出の多い服を身につけていた。いつもは黒でまとめているのだが、今日は心機一転なのか、鮮やかな青い服を身に着けていた。
 店にある丸いテーブルの椅子を引く。
「いらっしゃいませ」
「久しぶり、かしらぁ」
「そうですね。……今日の飲み物は何にしますか?」
 フローライトは来客にとても嬉しそうに話しかける。来客は少し考えた後「今日はフローライトの淹れるミルクティーが飲みたいわぁ」とにこやかに笑う。
「わかりました。今準備しますね……シルエットさん」
 フローライトのもとを訪ねて来たのは、あの兄のコーベライトと親友ヴィオラが対決したというシルエットだった。
 そのシルエットの顔は、少し疲れたような表情をしていた。
 フローライトがミルクティーを淹れる。おいしそうな香りが店を包んだ。
「はう、ミルクティーでよかったんですよね?」
「ええ、フローライトのミルクティーはおいしいものぉ」
「そんなに褒めていただけると、照れます」
 フローライトは銀のトレイで顔を半分隠しながら、照れたように笑った。一方シルエットはフローライトの淹れたミルクティーを一口飲んで、幸せそうに笑う。
「やっぱり美味しい」
 ふふっと笑うその顔は、いつ見てもとても綺麗だ。だがフローライトには少々引っかかることがある。
「あの、シルエットさん」
「なぁに?」
「最近エネルギーに触りましたか?」
 その言葉でシルエットは黙る。フローライトが心配そうに見守っている中、シルエットは悲しそうな笑顔で「ええ、そうなのぉ」と言った。
「やっぱり……シルエットさんの周囲にエネルギーがいるんです」
「あら、やっぱりそうなのぉ?なかなか体調がよくならなくて、ねぇ」
 シルエットは寂しそうに言う。フローライトは悪気はないのだが「今後に支障とか、ないですよね?」とストレートに聞いた。
「…………」
 その言葉で考え込むように黙るシルエット。チクタクチクタクと時計の音が部屋に響く中、シルエットは重い口を開いた。
「あのね、聞いてくれるかしらぁ」
「はい、何でも」
 フローライトははっきりとした口調で言い、シルエットは言おうか少し迷ったが、言った。
「今後は戦闘に出ない方がいいって、言われちゃったのよぉ」
「……そんな」
 笑いながら言うシルエットに対して、ショックを隠しきれないのはフローライト。彼女がエネルギーに弱いのは知っていたが、たった少しのエネルギーのせいで戦えなくなるなんて。そんな思いがフローライトの頭の中でぐるぐるしている。
 もちろん、裏の仕事についてフローライトは賛成していない。だが、シルエットが生きていくのに今はこのような仕事しかないということは知っている。
 フローライトは少し考えた後にこう言う。
「あの、シルエットさん。前々から言っている話なのですが」
「うん」
「この仕事……もうやめて普通の仕事、しませんか?」
 フローライトの中に緊張が走る。心臓がドキドキと鳴っているのがわかる。
 この言葉は以前から何度も言っていることなのだが、シルエットは一度も首を縦に振ったことはない。フローライトは友人であるシルエットがこのような仕事から脚を洗ってほしいと願っている。だが、なかなかそれは叶わないフローライトの願いだった。
 いつもはその言葉に「ごめんねぇ」と言っていた彼女だが、今回は違った。
「そうねぇ、少し考えてみるわぁ」
 フローライトは少しぽかんとした表情をしていたが、次の瞬間には嬉しそうな表情をして「考えてみてください!」と笑顔で言った。
 そんな話をしながらミルクティーを飲み終えたシルエットは、嬉しそうな顔をしているフローライトに問う。
「学校楽しいかしらぁ?」
 シルエットとの他愛のない話。フローライトにとってはその時間がとても楽しくて、嬉しい。
「はい!最初は戸惑っていたのですが……とても楽しいです!」
「そう、それならよかったわぁ」
 シルエットは綺麗に笑う。そしてカップをテーブルの上に置いたままにすると席を立つ。
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「ええ。だって、フローライトのお兄ちゃんがそろそろ帰ってくる時間でしょぉ?」
 時計を見ると、コーベライトが帰ってくる時間だった。シルエットがいた時間は短く、ミルクティーを飲んだだけだったのだが、兄が帰ってくる時間を考えてシルエットは帰ることにした。それはたぶん、彼女なりの気配りだと思う。
「あ、そうそう。いつもの水晶玉を買わせてくれないかしらぁ?」
 帰り際、ドアを開こうとしたシルエットが言う。フローライトは「もちろん、大丈夫ですよ!」と嬉しそうに言い、シルエットに良い夢が見られる水晶玉を一つ売った。
「最近良い夢が見れないの……フローライトの水晶玉なら、良い夢が確実に見られるわねぇ」
「確実って、そんな。……でも、シルエットさんが良い夢がみれますように」
 祈り、照れたような表情のフローライトに手を振って、シルエットは店を出た。
「……………」
 フローライトはシルエットが出て行ったドアを見つめる。そして彼女が飲んだミルクティーが入っていたカップを見つめ、ため息をつく。そのため息は、兄が敵として見ているシルエットと今でもこっそりと会っていることを隠していていいのかという気持ちもあり、シルエットの心配もあった。
 会っていることはいずれ見つかると思っている。その時は怒られるとは思うが、今のフローライトの気持ちはそんなことよりシルエットの今後を心配していた。自分が首をつっこむべきではないことがわかっているのだが、やっぱり心配してしまう。
 シルエットとフローライトが初めて会ったのは一年くらい前の話で、シルエットが初めて自分の店に来たというのが最初だ。その日から数日後に賞金首リストに彼女が載っていた。本人に尋ねたらあっさりと「そうよぉ」と認めた。
だが、フローライトはシルエットとの交流をやめなかった。危ない事をしている人だとは一瞬だけ思ったが、彼女と話しているときの空気がとても心地の良いものだったので、今でもこっそりと会っている。
「お仕事……できなくなったらどうするのかな」
聞く限りだとシルエットは危ない仕事以外は何もしていないらしい。膨大なエネルギーに触れてしまった今は体調があまりすぐれないようだし、街で仕事をするということもまだ無理だと思われる。そして何より賞金首のシルエットを雇ってくれるところはあるのだろうかと考えた。
「はぁ…………」
 無意識にため息がこぼれる。
 目を閉じて下を向き、意を決したように顔を上げて近くの壁にかかっている鏡を見た。ぱんっ!と自分で自分の頬を叩いた後、彼女は「悩まない、悩まないのよ、フローライト」と自分へと語りかける。

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