小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 ユーディアは聖域に向かって飛ぶ。
本を片手に持ち、途中で本を開いて中にあった地図を頼りに聖域を探す。
本によると聖域はなかなか見つからず、難しい場所にあるようだ。だがユーディアは聖域を見つけることをあきらめないと、心に決めていた。
 何時間飛んだだろうか。主に同じような場所を回っていたと思うが、本当に難しい場所にあると思う。
「これだけ探しても見つからないね……」
 呟くユーディアの顔は脂汗が浮いていた。こんなに長く飛んだのは久しぶりで、体力がなくなってきている。少し休もうと下を見る。すると上空から見た森で、ぽっかりと木がなく地面がさらされている場所があった。ユーディアはそこで少し休もうと降下する。
「……なんだ、これは……?」
 ユーディアが降り立った地面は光っていた。上空ではよく見えなかったが、降り立つと地面の土が光輝き空気にも強いエネルギーを感じた。ユーディアの知っている限りの場所で、こんなにも強いエネルギーを持った場所はない。
 まさか、と思い地図を見る。地図の場所と自分のいる場所を確認すると、ユーディアは苦笑した。
「ここだったのか……」
 ユーディアの目には世界樹がうつっている。彼は世界樹の聖域に入ったようで、聖域に入った者しか見えない世界樹があった。
 世界樹に近づく。葉も木も透明感を持っており、とても美しいものだと思った。思わず見惚れてしまうほどの樹。シルエットにも見せてあげたかったと思いながら、ユーディアは世界樹に近づく。
 その時だった。世界樹が小さく光ったと思うと、ユーディアの前には一人の少女が立っていた。ユーディアはその少女を見た時に不思議だと思った。十代前半くらいの赤い髪の毛で赤い衣装の少女。そんな少女はまっすぐとユーディアを見つめていた。
「よくここがわかったわね」
 少女は言う。ユーディアは本を掲げ「ある人からもらったものでね……この地図のおかげだよ」と笑った。
「そう。人を見たのは久しぶりよ」
 そう言って少女は無邪気に笑う。その笑顔は可愛らしく、暖かい気持ちになった。少女は曇り一つない綺麗な瞳でユーディアを見つめ「あなたは、とんでもないことを考えているのね」と言う。
「君も心が読めるのかい?」
「いいえ。ここからずっと見ていたの。だからわかるの」
 そう言って指でさすのは世界樹の近くにある湖。地図にはこんな綺麗な湖は見えなかったなと思っていると、ユーディアはそういえば自分は今聖域の中に入っているのだということを思い出した。
「卵……壊しても何の意味もないわよ?」
「それはこの本をくれた人にも言われたよ……どうしてか教えてくれるかい?」
 少女はユーディアの問いに考え込み、その後口を開いた。
「卵はね、世界樹の子供なの」
「子供?」
「あなたは空の大陸が地上のエネルギーを吸っていると思っているのね」
 ユーディアは頷く。今の彼は、とにかく少女の話が聞きたかった。少女の話がそれだけ興味深いものだからだ。
「地上へは、世界樹がエネルギーを送ってくれているわ」
「だけれど私が地上に降りた時は、地上にエネルギーが不足しているようにしか見えなかったよ」
「それはちょうど世界樹が世代交代する時期だからじゃないかしら」
 少女はユーディアを見つめた。「世代交代?」と問うと、少女は頷いた。
「そう、世代交代。世界樹も自分の子孫を残すために種を作るのよ」
 言って、少女は世界樹に触れた。今の発言は全く聞いたことが無いもので「それはどういうことだい?」とユーディアはこの少女から世界のことを聞きたいと思い、思わず尋ねていた。
「そうね……そのままの意味なのだけれど、世界樹は次の世代へ力を受け継がせる準備をしていたのよ。種は作って自身は枯れるの」
「枯れる?」
「世界樹も寿命を迎えると枯れるの。卵は、世界樹が枯れた後もエネルギーを作り出す、いわば世界樹の代わりもするよ。だから卵は本当は壊してはいけないものなの」
「そうだったのか……じゃあ……世界樹が次の世代へ交代しようとしているから卵は重要ということで、あっているかい?」
「そういうことになるわ。その時になると、世界樹は種を育てようとがんばろうとするの。だから余計に地上からエネルギーを吸っているのね」
 そして少女は少し考え込み、ユーディアに尋ねた。
「……私達空の大陸の人間が、翼を持つことを許されている理由は知っている?」
少女は問うと、ユーディアの顔が少し変わり「いや……わからないよ」と正直に答えた。少女は「そう……」と言うだけで「あのね」と話を切り出す。
「私達の翼はエネルギーのコントロールができることは知っているわよね?」
「ああ、それは大体わかっている」
「地上の人は翼がないから、エネルギーを自在に操る人は少ないの」
「ほぅ……」
「それで私達、空の大陸の人間はエネルギーを地上にも送るためにエネルギーを回転させなくてはいけないの。だから卵は不可欠なものよ。これは地上の水が蒸発して、やがて雨になってまた降ってくるのと同じね」
 ユーディアは絶句したのと同時に、その仕組みを聞いてどこかほっとした。自分のやっている事は意味のないことだったが、世界はそのように動いていると納得できたからだ。
「でも、私がガーディアンになった頃には、世界樹は既に種を作り、交代する準備をしていたの。だから、具体的にいつからエネルギーを多く吸っているのかはわからないの。ごめんなさい」
 少女の言葉の中に聞き慣れない単語があり、ユーディアは「ガーディアン?」と思わず聞き返した。
「そう、私みたいな樹を護る者をガーディアンと言うの」
「へぇ……」
 世界は知らないことがたくさんだと、ユーディアは思った。少女は「ガーディアンにも試験があるのよ。学校みたいね」と笑った。
「他に聞きたいことはない?」
「今の答えが私の疑問を全て解決してくれたよ」
 ありがとう、とユーディアは笑った。少女も笑った。
 ……本当に不思議な場所だった。
 そう思いながら少女に別れを告げ、聖域を出る。聖域を出るまでは少女と世界樹が見えていたのに、聖域から出た瞬間に少女も世界樹も見えなくなっているからだ。
 ユーディアは最初の難しい顔から一変、明るいさっぱりとした顔で本を広げた。
「私の目的は間違っていたんだね……」
 心からそう納得できたユーディアは、翼を広げて飛ぶ。

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