小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 森はエネルギーがまだ充満しているから近づくな、入るなんてとんでもないと言われた。その言葉におとなしくしたがって、歩いてひっそりとした場所にある屋敷までシルエットは帰って来た。
ユーディアの屋敷の、自分与えられた部屋に入ると、今日フローライトの店で買った水晶玉をテーブルの上に置き、彼女はそれを見つめる。フローライトの店で買った水晶玉はキラキラと輝きを放っているのと同時に透き通っていた。その光景は水晶玉を作ったフローライトを連想させた。
 水晶玉を眺めながらシルエットは思う。
「もう、あたしと関わっちゃだめよねぇ」
 実のところ、今日で最後のつもりでシルエットはフローライトの店に行った。そろそろ自分が賞金首として捕まるという理由がひとつ。フローライトもいつか巻きこんでしまうのではなかと恐れているというのがひとつだ。
「関わっちゃだめよねぇ……フローライトにも、ユーディアにも」
 名前を唇にのせた瞬間に浮かぶ顔。フローライトは初めての友達。ユーディアは自分にとてもよくしてくれた……雇い主。
 そんな関係はもう切れてしまうのだろうか。戦えない自分を必要としてくれる人はいるのか。そんなことばかりが頭の中を巡る。今は頑張れば大鎌も翼も作ることができるが、ユーディアはそれを許してくれないということを思い出した。
 友人を巻きこんでしまいそうな自分と、戦闘には使えない自分。思うことはただ一つ。
「さよならねぇ」
 目頭が熱くなり、溢れ出る熱い物をこらえきれずに、シルエットは机に突っ伏した。そんな彼女の様子を扉を少しだけ開け、世界樹のもとから帰って来たユーディアが寂しそうに見つめていたことには気がつかない。

「シルエットさん、寝ちゃったのね」
 夜。店の中に一人いるフローライトは、店の水晶玉が一つ光ったのを見ると笑った。店の中は真っ暗で、窓からこぼれる月明かりが唯一の光だ。闇の中の光、それはやっぱり彼女を連想させるとフローライトは思った。
 「何度見ても、シルエットさんよね……あの月明かり」
 儚げに、だが力強くあるシルエット。フローライトにはシルエットと言う人物はそのようにうつっているのだ。
 今日来たシルエットの顔は曇っていた。戦闘に出れないという言葉を聞いた時に全てを察し、寂しくもなった。憶測が間違っていなければシルエットはもう二度と自分の前に姿を現さないだろう。それだけは嫌だなと思いながら、フローライトは自分の淹れたミルクティーをおいしそうに飲むシルエットに笑いかけることしかできなかった。
「どうかどうか……シルエットさんとまた会えますように」
 独り言のように願い、星空を見上げた。見上げた空に流れ星のようなものが見えた気がしたが、気のせいだった。
 その頃シルエットはぼやけた世界の中にいた。目に涙がたまっている時のように、ぼやけてかすんでいる世界。見える世界の中心には、黒っぽい影らしきものが見えるのだが、まだはっきりとは見えない。
 はっきり見ようとすると、影は輪郭をくっきりとさせた。ぼやけている世界が徐々にはっきりと見えるようになってくると、影が動いた。影は小さく、動かしている手も足も大人より小さいので幼い子なのだとわかった。
……女の子かな。
シルエットは心の中でそう思った。女の子だと思ったのは、その子が黒い袖なしのワンピースを着ていたからだ。
だがシルエットが女の子と言う予想はある情報から来ていた。それは女の子が何者かということがわかっていたということだ。
昔から黒が好きだったのよね、あたし。
 シルエットにはその女の子が過去の自分であるということが何故かわかっていた。幼い自分が走って行く。誰かに呼ばれたのだろうか、こちらには聞こえない。だが、ただなんとなく幼い子の自分の仕草が嬉しそうな顔だったのでそう思った。その光景に思わず笑みが浮かんだ。
 その時、一瞬だけ世界が歪んだ。
 世界の歪みに見えたのは……傷。顔を横断する、ひどいものだった。
 ひどい傷を持っている人もいるものねぇ、とシルエットは思った。その傷は見覚えのあるものだが、どこの誰の傷かということまでは思い出せないでいた。シルエットは走って行く幼い頃の自分を目で追いながら考えるが、思い出せなかった。
 黒いワンピースを着た幼い自分の後をついていくように視界が動く。世界はまるでカメラを通して見ているような、そんな印象を受けた。幼い自分が向かった先には一人の女性。それを見てシルエットは昔を思い出してため息をついた。
 自分は幼かったから知らなかったが、シルエットの両親はなんでも屋をしていたことも思い出した。もう、昔の話だ。ただの運びの仕事のときは自分も手伝ったが、後から聞いた事では血なまぐさい仕事は両親だけでやっていたという。
 そんな両親が、今自分の見ている世界の中にいる。今両親はどうしているのかな、シルエットは心の片隅でそう思った。
 見ている世界ではシルエットの父が幼いシルエットを抱き上げて笑っている。母も何か話している様子で、その二人の子供であるシルエットも幸せそうに笑っているのだった。
 その光景に少し胸が痛む。この幸せを維持するために、両親は一体どれほどの恨まれるような仕事をしていたのだろうか。
 ……この仕事、もうやめて……普通の仕事、しませんか?
 フローライトの言葉がよぎった。そういえば両親も危ない仕事をしていたのだ。普通の仕事はなかったのかと思いながら、シルエットは幸せそうに笑っている幼い自分を半分羨ましそうに見つめている。

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