小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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その顔は何か悲しそうで、何故だろうとヴィオラは思う。だがその事情は自分ではわからないと思った。
「ところで犯人の事なのだけれど……私では無理ね。だから、こういう裏の情報を知っている人とか、裏の情報に強い人……いないかしら」
 少女の言葉でその「知っていそうな人」をヴィオラとコーベライトは考えた。考えているとコーベライトは「あ、そういうのに強い人、知っているかも!」と言う。本当か?と問われ、本当だよ!と言った。
 ……少女は遠いものを見るようにヴィオラ達を見ていた。
親子と、その友達。最初この人を見た時は不器用そうだなと思っていたが、本当に家族である息子達に対しても不器用だった。そんな息子も不器用そうだが、友達がよくフォローしてくれていると感じていた。
 そんな事を思いながら、ふと自分が目の前にいる人たちのことを羨ましいと感じている自分に気がつく。
 首から下げている、小さな写真が入るペンダントを手に取った。そのペンダントは開く場所が錆びていて、開くことはできない。
「……どうした?」
 少女ははっとなる。ペンダントから顔を上げると、三人がこちらを見ていた。
「ううん、なんでもない」
 そう言って無理矢理笑顔を作ると「そうか」と言う。
この人は本当に不器用で気がつかないと勝手に思っていると「無理はするなよ」と言われ、少女は驚いたような顔をした。だがすぐに顔を作り直し「情報のあてがあるのね?」と問う。
「あるよ!情報のあてが!」
「コーベライト、お前本当に危ない橋を渡ったんだな」
 ヴィオラの父にそう言われ、コーベライトは頭をかく。次に真剣な顔になり「行こう。情報があるかもしれない」と言った。
 ばいばい、と手を振られた。振られた少女も笑顔で手を振る。
「行ってらっしゃい」
 それが少女の思いつく限りの気のきいた言葉で、それ以外は思いつかなかった。

  ▽△

 思い出した時に真っ先にソラの脳裏に浮かんだのは、失踪者が集まる拠点だった。そこには事件巻き込みと引き換えに自由を約束された者達が集まる場所で、重い空気が流れている。
「連れてきたわよ」
 暗い建物の中にいたフードを被った集団に向かってカルサイトは言う。彼女の後ろには強烈な電撃を浴びて失踪したソラが立っており、おびえることもなく無表情でいた。フードを被った集団は空を見ると、カルサイトを見て「お前の自由、もうすぐだな」とフードからちらりと見える口元をにやりと歪ませて言うのだった。
 一体何が楽しいのだろうか、とカルサイトは思った。
 フードを被った集団は大きな真っ暗な部屋におり、その部屋には似つかわしくない白い大きな扉がある。扉のそばには、またフードを被った人がおり、扉を開ける。そしてその中に入るカルサイトとソラを確認すると、その扉を音を鳴らしながら閉じた。
「……ここなら少し話ができるかもしれないわ」
 大きな扉が完全に閉まったことを確認してカルサイトは言った。この扉と建物は防音効果もあるらしく、扉を閉めた後には誰かの話声は聞こえなくなった。
 白い扉の奥には長い廊下。真っ暗で奥が見えないが、ところどころに立てられている蝋燭の明かりがあった。
「この先にトップがいるの。そこは思い出したかしら?」
「はい。少しですけど、思い出してきました」
「そう……」
 カルサイトは歩を進める。ソラは前を歩くカルサイトの背中を見ながら答えた。一方前を歩くカルサイトは厳しい表情をしている。
「もしかしたら、トップは貴方のことを覚えていると思うわ」
 ふと立ち止まり、振り返って彼女は言う。ソラも足を止めるとカルサイトの真剣な表情が目に入って来た。
「トップが覚えている可能性があると思うから、もしかしてソラは有利な立場につけるかもしれない、と私は思うの」
「どういうことですか?」
「そうね……例えばトップの重要な情報をつかめたりとか、トップの目的を知ることができたりと……そんなところかしら」
 真剣な表情、だがどこか疲れきっている顔をカルサイトはしていた。その顔を見ながらソラは心の中で罪悪感を覚えた。
 あの夜に彼女を連れ去らなかったら、今頃彼女はこんな表情をしていないだろう。いや、その前に自分が失踪事件に加担したのがいけなかった。でも……。
「難しいこと、考えないでね。後悔とかはなしよ」
 目を伏せていたソラにカルサイトは言った。
「貴方が今考えている事はなんとなくわかるわ。過ぎたことを後悔しても、意味はないわよ」
 黙ったままのソラをカルサイトは見つめた。そしてこう言う。
「だって過去を振り返ってもやり直すことはできないもの」
 ソラは口も心も黙った。何か言おうかと思っても、言う言葉が見つからない。それだけカルサイトの言葉はその通りだったからだ。ソラが「あの……」と言おうとすると、彼女は「行くわよ」とすたすたと歩き始める。
「私達の目的、達成しましょうね」
 ぽつりと呟いたカルサイトの言葉。ソラは真剣な顔になり「はい」と力強く言った。
「トップ……部屋に入ります」
 カルサイトとの話はここで終了だ。前に自分はここに来た事があるはずなのに、不思議と不安が心の中に渦巻く。ここで、何が行われるのかもわかっているはずなのに……おかしいな、と自分でも思う。
 二人の前には、最初の黒い部屋にあったものと同じく白い扉。中から「入れ」という言葉が聞こえ、カルサイトはソラの顔を見る。そして彼女は演技で先ほどの真剣な表情を消し、無表情になる。カルサイトは先にソラを入れると、後から部屋に入り扉を閉める。
 なつかしいかもしれない。そうソラは思った。
 入り、扉が閉ざされた部屋には蝋燭が一本しかなく、その蝋燭をたよりにトップの顔を見ようとした。すると奥の人影が「蝋燭の明かりは、ここまでだ」と言った。
 この声も聞いたことがあるとソラは思う。そして先ほど言ったとおり、トップと呼ばれる人物の影が動いて唯一の明かりだった蝋燭の明かりを消す。
 ソラはどこに誰がいるか気配を探る。たぶんこの部屋にはカルサイトと自分と、トップしかいない。そしてトップは奥の位置から動いていない、そう思っていた。
「え…………」
 ソラの目の前に人肌の体温と気配が感じられた。ソラは少しびっくりし、その気配に硬直していると「帰って来たな」と言い、ソラは手のひらにあるものを握らされた。
 この感触は忘れていたけど、思い出した今は懐かしい、そしてこれを使って事件に加担していたといことを考えるとこわくなった。
 ソラの手のひらにはバトンのような武器。他の人からも「めずらしいね」とよく言われていた武器だった。
 その棒を握って安心したのも、つかの間。トップと呼ばれた人物はソラの頭を掴む。ソラの中で緊張が生まれた。ごくり、と唾を呑みこむカルサイトの気配が見えた。色々なことを思い出しながら思い出したことがあり、ソラは頭の中を空っぽにした。
 なぜなら、トップと呼ばれるこの人物は頭の中で考えていることが多ければ多いほど、触れた相手を操る事が出来る能力の持ち主だったからだ。

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