小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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「コーベライトも……フローライトと、あと誰かから貰ってなかったか?」
「あー、あー。貰ったよ。小さな二センチくらいの正方形のチョコレート。リボン付きな」
「貰えてるじゃないか」
「フローライトのは嬉しかったけど、もう一個のチョコは当たり前だけど義理だよ。しかも中に唐辛子たくさん入っていて、食べた時に「ひっかかったね、この馬鹿男子!」って同級生の奴に大笑いされたよ。ほとんどの男子に試したらしいけどね……ヴィオラ貰ってない?」
 そこでヴィオラは少し考え「貰ってないと、思う」と言った。コーベライトは立ち止まり、頬を膨らませてヴィオラを見た。
「他の奴らに聞いたら全員「貰った」って答えたあのチョコだよ?」
「ああ、だから貰ってない」
「本当に?」
「配り忘れたんだろ」
 詰め寄るコーベライトに冷や汗をかきつつ、ヴィオラは一歩下がった。一方コーベライトは一人で「貰ってないなんて羨ましーいー!」と言い「次のチョコの日、楽しみにしてよっと」と悪態をついた。
「あのなぁ……」
 苦笑いをするヴィオラの横を、コーベライトは頬をふくらませたまま通り抜けた。そういえばここってどこだと思って教室を確認すると、自分の入る教室だった。彼の背中を追いかけるように入ろうとすると、教室に足を一歩踏み入れたコーベライトの顔に丸めた新聞紙が直撃した。
「誰だよ新聞紙なんかぶつけやがったのー!」
 ぶつけられた新聞紙を律儀に拾い、ゴミ箱へ入れる。新聞紙をぶつけた相手を睨むと、そこにはコーベライトと比べると身長がものすごく高く、体格もがっちりしており、短い赤い髪の毛が印象的なクラスメイトがいた。
「ぶつからなきゃいいんだぜ?ぶつかってきたオマエが悪い」
「ガルゴ、お前絶対狙ってぶつけただろ」
「はぁ?変な言いがかりはよせよ、チビ」
「チビだって……?」
 また始まった、体格がっしり・リンゴを片手で潰してしまうような力の持ち主。最強で喧嘩に至るまでがはやいガルゴという奴のクラスメイトいびり。
コーベライトの後に続いて教室に入って来たヴィオラ含め、登校してきているクラスメイト達はそう思った。他人にちょっかいを出すのが好きで権力持ちの、簡単に言うといつの間にか勝手にクラスを仕切っている大将のような存在になっているガルゴは、ヴィオラ達のクラスの問題児だ。この学校は将来の士官を育成する学校なのに、何故このような態度の悪い奴を置いておくのかと一時期クラスメイト全員が思ったこともあるような奴だ。だがそんなガルゴは実技の成績がトップクラスで、将来その強い力で市民を救う人になるだろうと、教員から思われているということをある日知って「何故いるのか」という考えをやめた。そのような考え方は自分もためにもならないだろうという意味もあったが。
すぐに場の空気を悪くしてしまう、ガルゴと喧嘩をするコーベライトを見ながら、数分黙っていた。一息ついたかと思った頃にコーベライトの背中を少しつつく。コーベライトは一瞬だけ口を閉じたが、ガルゴの顔を見ると頭にくるのだろう、口喧嘩を再開させてしまった。
 この二人をどうやって止めるか……。そう考えていたら教室の隅にいた一人のクラスメイトと目が合い「仲介に入らないほうがいい。その場をすぐに去れ」という意味でヴィオラに合図を送ってきた。その指示に従うしかないなと一歩後退する。喧嘩というものは買っても巻き込まれても全く得をしないということを、ヴィオラ含むクラスメイト全員が知っている。
 ヴィオラはやれやれ、といったように息をつく。そして子供でもないのにいつまでも口喧嘩をしているコーベライトに向かって「コーベライト、先生もうしばらくしたら来るぞ」と時計を指差さす。とりあえずコーベライトを口喧嘩から離したかった。
「お、そろそろ時間?」
 やっと口喧嘩をやめてヴィオラのほうを向いたコーベライト。ガルゴはヴィオラに気がついて「よう、顔に傷のある青年よ!」と腹の立つ言葉を、意見があるかのように手をのばして発した。それを笑う者は誰もいなかったが、口喧嘩が終わってしんと静まる教室でヴィオラはひそかに苛立ちを覚えた。
 先生の来る時間が近いということで、大将・ガルゴの興味は新聞紙を丸める作業に向かった。その姿にも先ほどの言葉にも苛立ちを覚え、反撃は喧嘩の元になると今は我慢してヴィオラは席に着く。
 ヴィオラのクラスはほぼガルゴのせいと言ってもよいほど空気が悪い。ガルゴは毎日誰かに喧嘩ふっかけている図を見ているような気がする。席に着いたものの、苛立ちを抑えきれずに机に肘をついて顎をのせる、そしてもう一方の手の指でコンコンコンコン机を打っていると、前の席のクラスメイトが小さなメモをそっと回してきた。

 ガルゴはいつもああだから、いつか罰でも来るだろ。それより心のほうに傷がついてないか?あんまり考えるなって、コーベライトにも言っておいてくれ。

 その文章を読み、前を向いて読書を再開させたクラスメイトの椅子の足を軽く二回蹴った。それはクラスの中で、一部のよく被害に遭っている生徒しか知らない「ありがとう」という意味の合図だった。メモを回してきたと思われる先ほど合図を送ってきたクラスメイトにも合図を送った。今度は目を少し合わせ、それから黒板のほうを眺めながらクラスメイトがいる方向の手で合図を送る。今は向かって右にいるので、右手を開いて閉じる。これは「まぁ、お互いがんばろう」という意味だ。「ありがとう」という意味にも近い。
 ……こんなことで先生が来る前の時間を機嫌悪くして過ごすのはもったいないなと、ヴィオラはひそかに思う。それは他のクラスメイトも思っていることだが、今は平和な教室というのは叶いそうにない。
 朝から口喧嘩したからだろうか、微妙な空気になっている教室のドアが開いた。ずんと重い、あまりよいとは言えない空気の中で「はい、朝礼始めるよ〜」と明るい声が聞こえた。少し苛々していたヴィオラが顔を上げると、ガタガタとクラスメイト達が席に着くのが見えたのと同時に担任のキルカルという先生と目があった。

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