小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 キルカルは教室の状況を把握し、目があったヴィオラや他の生徒に柔らかく微笑む。手をぱんぱんと叩き、生徒の注意を先生に向けるようにした。クラスメイト全員が先生に注意を向け、一人の生徒の声で起立して礼をする。そして先生の合図があるまで着席はしない。キルカルは笑顔のまま「今日はちょっとみんなの元気がないね」と言う。
「はい、もう一回。挨拶は欠かせないからね。みんなもっと元気を出して行こう」
 皆は「はい!」とさっきより大きな声ではっきりと言うと、もう一度挨拶をする。それでもキルカルには「うーん」と考える仕草をして「もう一回!」と笑顔で言う。皆は決して不真面目というわけではないのだが、その挨拶を五回くらいやった。心の中では少し不満がある生徒もいるのが目に見えてわかったが、この挨拶のやり直しも訓練の一環としてヴィオラは受け止めている。
「よし。気分はなかなか上がらないだろうけど、今日はこれでいいよ」
 着席。キルカルの指示が出る。そしてキルカルは生徒に背を向け、黒板にチョークを走らせた。何を書くのかと思いながら、一番最初に「今後の予定」と書かれた文字があったので、スケジュールだなと鞄からメモを取り出す。黒板に書かれる文字を書き始め……少し手が止まった。
 黒板には「晩に失踪者捜索」と「三日後に実技を兼ねたトーナメント」とあったからだ。コーベライトと話していたことが当たったな、と思いながらメモを取る。
 他の生徒もメモを取る。メモを取る生徒の姿を見ながらキルカルは「知ってる人も多いと思うけど、昨晩また失踪者が出た」と真剣な顔で言った。教室にいる生徒の全員がキルカルの言葉を聞き逃さないように聞いている。
「失踪したのは二十三歳の女性。いつも失踪者の捜索にあたるのは三年生と四年生の学年が多いね。けど今回はその被害者の方が失踪したのが街の近くだということと、まだ犯人の手掛かりがつかめていないということもあって、二年生にも協力を仰ぐということになったんだ。今まで二年生の捜索活動は、職員会議の結果であんまり出さないようにしていたけどね。犯人は未だに影も形もわかっていないよ」
 そこまで言って息をついた。
「昨晩の話はここまで。あとトーナメントの予定だけれど、このタイミングで実技を兼ねたトーナメントというのは疲れるかもしれないけれど、敵に遭遇したことを想定して行う実技だ。気は抜かないように。まぁ、後学のためみたいなものかな。うん。」
 キルカルは「起立」と言う。生徒は立って礼をし、先生が教室を出ていくまで立ったままだ。先生が出て行ったあとは、ガタガタと動き出してそれぞれ各自が取っている授業を受けるために準備をする。ヴィオラは鞄ごと持って立つと、コーベライトが近づいてきて「一限目から一緒だったよな」と一緒に行こうという意味で言った。ヴィオラは頷いてコーベライトと教室を移動する。
 途中で二階へ降りなければならないのだが、そこには何故か人が溜まっており、何事かと思った。基本移動は静かに素早く、だからだ。が、すぐそばにいた女子生徒が黄色い歓声を上げそうになったのを抑えていた。ものすごく嬉しそうな顔をしている。そして皆の注目している場所に目をやる。
 ああ、四年生のソラ先輩だ。
「ちょぉお?ソラ先輩じゃん!今日見れてラッキーかも」
 小声で言うコーベライトにヴィオラは「ソラ先輩をお守りみたいに言うなよ」と言った。
 皆の憧れである攻撃部門・四年生のソラ先輩が廊下を移動しようとしている最中だった。綺麗な青い髪の毛に優しそうな顔。ソラを見ている女子生徒の一人が泣きそうになっている。先輩であるソラはその生徒に少し微笑んで教室に入って行った。
 攻撃部門の中では一番強いと言われている、ソラ。朝コーベライトが言っていたように成績優秀・容姿端麗で、そんな先輩に憧れない生徒はいない。ヴィオラもコーベライトも一度だけ話す機会があった。柔らかく丁寧な物の言い方で、他人への配慮を忘れない先輩を「この人はすごい」と素直に思った。それから何度かもう一度話してみようと思っているのだが、なかなか近付けないでいる。
「いつかソラ先輩みたいになりたい……なぁ」
 隣にいるコーベライトがぽつりと言った。そんな彼にヴィオラは「がんばれ」と言い、ソラ先輩のようになれという風に背中をばしっと叩いた。コーベライトはよし!と小声で気合を入れた。

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