小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 始業のチャイムが鳴る頃。昼休みの時刻に大人気の学校の屋上には、生徒は授業を受けているので当然いない。代わりに男と女がいた。学校の先生ではない、部外者。立ち振る舞いには隙がなく雰囲気そのものが怪しく、この二人はただものではないということを悟らせる。
「ねぇ、本当にここにあるのぉ?」
 語尾を伸ばすのんびりとした口調で言ったのは女。長い黒髪をポニーテールにしており、黒い瞳のある顔は美女と呼ぶものにふさわしいもので年齢は二十代半ばといったところだろうか。スリット入りの黒いドレスをまとっているその女が男を呼んだ。
「ユーディア、聞いてるぅ?」
「ああ、聞いているよ」
 ユーディアと呼ばれた男は「シルエットはどう思う?」と女に向かって問う。優しげなユーディアの声で問われたシルエットという女は少し考える仕草をした。三十路くらいの年齢のユーディアは自身がまとっている少し豪華な衣装ひるがえした。少しシワの入った目元を嬉しそうに歪ませて、屋上から学校全体を見る。
「この学校から感じるね」
「それで、それをあたしに探せというわけねぇ」
「そういうことになるね」
 ユーディアは笑い、シルエットも笑みを見せた。彼は何か探し物をするように学校を見渡した。そして一つの植物を育てるためにある、学校の外れにある校舎が目に留まった。一見すると特に変わったものはなかったが、ユーディアはその校舎を眺めるように見つめた。
「ユーディアって、いつも変な探し物するわよねぇ」
「そうかい?」
 シルエットは頷き「だって今回の探し物は卵でしょう?」と笑った。
「私の探している卵は……特別なものだって言うこと、シルエットは知っているね?」
「ええ、まあねぇ。あなたのお話を何度も聞いていたら覚えちゃうわよ」
「そんなに話していたかい?……まぁいいや。それで、その特別な卵がここにあるって聞いてやって来た。そんなかんじかな」
 ユーディアの話に「ふぅん」と頷くシルエット。彼女はふと思い出したように「街中の建物の中にも、卵がある建物あったわよねぇ?何度か偵察行ったことあるけれど、男の子が護っているみたい。ここの学生さんじゃないかしらぁ」と提案するように言う。
「そこから奪ったらダメなのぉ?」
「うーん……。あそこの卵はもうしばらくの間、孵化しないと思うんだ」
「あらぁ」
 残念そうに言うシルエット。ユーディアは話を続ける。
「ここにある卵は、もうすぐ孵化しそうな気がするよ。そんな卵のエネルギーが伝わってくる」
 彼の話を聞いていて、思いついたようにシルエットは指を立てた。
「ここにあるのなら、校舎見学を申し出てみればいいじゃなぃ?その方法で奪ったらいいわよぉ」
 シルエットはのんびりした口調で危険なことを言う。ユーディアは喉をくつくつと鳴らし、シルエットは小首を傾げた。
「三十路の……それも研究員でも保護者でもなさそうな者が行っても、怪しまれるだけじゃないかな?まず中に入れてもらえない」
「それもそうね」
 そんなことを話していると、終業のチャイムが鳴った。ユーディアは「あとは任せてもいいかい?」と意味ありげな言葉をシルエットに言うと、彼女は「ええ、もちろん」と言って手を空に軽く掲げた。
 シルエットの背中に黒い光でできた陣が浮かび上がる。その陣ができたと思うと次の瞬間には棘のようなものがシルエットの背中から生える。その棘のようなものは徐々に形を形成してゆき、翼の形になった。
 その翼は太陽に反射されて光る。黒いシルエットの背中に生えた翼は機械でできた翼であり、見方によっては蝶の羽の形にも見える。
「ちょっと、様子見でもしてくるわぁ」
 シルエットはユーディアに笑いかけると、翼をはばたかせて空に飛んだ。

 ……困ったな。裏のプロが出て来るなんて、隠されている場所が見つかるのも時間の問題かも……。
 そう心中で思って、焦って……困ったように顔を歪めるのは封印術学の授業を受けている四年生のソラだった。気づいていないふりをして授業を受けているが、やっぱり目と気は屋上にいる二人の人物に向いてしまう。ちらちらと窓の外を見ているソラを不審がった封印術学を担当している先生がソラの名を呼んだ。
「ソラ!……なんだ、授業が終わるのが待ち遠しいのか?」
 先生の一言で教室にどっと笑いが起きる。一方注意されたソラは「いえ、そういうことじゃないんですけど……」と口ごもる。だが言い訳は通用しないようで、先生から手にあった教科書でパシッと一発叩かれた。
「全く、いつものお前らしくないな。……なにかあるのか?」
「いえ!特に何もありません!」
 その言葉を聞いて「そうか。じゃあチャイムが終わるまで授業を聞いているように」と言われた。先生の去る背中を見ながら、今は教科書に集中しようとした。チャイムが鳴るまであと十分。この授業が終われば、次の時間は授業を取っていないので屋上に行ける。そう思ったので今は行動を起こさずに大人しく授業を受けることに決めた。
 ……十分後、チャイムが鳴る。ふと屋上を見ると、あの二人の人物はいなくなっていた。
「…………」
 悔しそうに顔を歪めるソラ。ちゃんと見ていれば、ちゃんと観察していれば……という感情がソラの中に渦巻いた。そしてソラは自分の鞄をひっつかんで急いで廊下に出た。その様子をクラスメイトはびっくりしたように見たのだが、気にしない。走って目的地に向かう途中で一度だけ先生に「廊下は走るな!」と注意されたのだが、軽く頭を下げて今度は早歩きで廊下を抜けた。
 目指すは植物を育てている校舎。その校舎に向かって急ぎ、次のような言葉を口にした。
「どうか見つかっていませんように……」

-8-
Copyright ©こめ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える