第十五話『新しい家族』
時が流れて四日が経った。
「今日で何ページまで蒐集できた?」
「煉のおかげで508ページまで溜まったぞ」
俺とシグナムは居間で闇の書のページ数を確認した。それに伴って変化も現れた。
「そうか。順調に事は進んでいるな。……で、こいつはどうにかならんのか?」
「……妙に気に入られているな」
そう、俺の横を闇の書が忙しなく浮遊しているのだ。まるで意志があるかのように。
400ページを超えた辺りから変化は起きた。今まではただの本だったのだが、急に自分で浮遊し、俺の後を付いていったり、はやての後を付いていったりしている。
最初こそ驚いたが、今ではこの本に愛嬌すら感じているのが本音だ。
「ところで前々から思っていたのだが、ヴォルケンリッター、守護騎士というのはお前達四人だけなのか? まだこの本の中に閉じ込められたりとかは……?」
「いや、それは無い。守護騎士というのは私達を含めて四人だけだ。だが、闇の書には管制人格というプログラムがある」
「……管制人格?」
管制っていうからには恐らくは闇の書を管理する何かなのだろう。
「ああ。前に話したと思うが、私達は純粋な生命ではない。守護騎士システムというもので出来たプログラムなようなものだ」
ふむ、それは初めて会った時に聞いたから問題無い。
「管制人格というのは守護騎士システム及び闇の書の全てを管理するプログラムだ。故に管制人格と呼ばれる。勿論、私達同様に自我がある」
なるほどな。つまり、この本も生きているということになるのか?
「なるほど。故に自立行動している訳か……」
「ああ。ただ、今はまだ起動していないので明確な意志はない。意識レベルは生まれたばかりの雛と思えば良い」
たしかに、基本的には浮いて動き回るか俺とはやての後を付いて回るかだけだしな。
「それで、こいつはお前達のように人の姿には成れないのか?」
俺が纏わり付いている闇の書の背表紙を優しく撫でると、嬉しそうに身震いした。
「主の承認があると起動するようになっている」
「そっか……。まぁ、このまま本でいるよりかは人になった方が楽しめるし、はやてに頼んでみるか」
「うむ。私もそう思う」
俺達はそう決めるとシャマルを連れてすぐにはやての部屋に向かう。
「なんやよう分からんけど、要は家族が増えるって事やろ? なら問題無いで!」
はやてに事情を説明すると快く承諾してくれた。そして、シャマルに起動の呪文を教えて貰い、唱えた。すると、闇の書が眩い光を放ち、魔法陣を展開する。
そして、光が部屋全体を包み込む。そして光が収まると目の前に美しい銀髪に深紅の瞳の女性が跪いていた。服装は最初に会ったシグナム達のようなものだ。
「……お呼びにより参上致しました」
透き通るような凜とした声を発し尚も跪き続ける管制人格。
「そんな跪かんでええよ。家ではそんな仰らしいことは禁止や」
「……承知しました」
「それと、貴女の名前は何て言うん?」
「……私に名前はありません。強いて言えば管制人格とでもお呼び下さい」
名前が無いのか? 今までの主からは名前を貰わなかった事なのか? シグナム達はあるのに……何故?
「えっ、そうなん? う〜ん……困ったなぁ……。あっ! それならウチが付けたろか?」
「私に名前なんて……そんな恐れ多いこと……」
「そんな気にせんでええよ。で、名前付けてもええの?」
「……はい」
許可が下りるとはやては嬉しそうにしてその名前を言った。
「……うん……リィンフォース、今日から貴女はリィンフォースや!」
リィンフォース……何て意味だ?
「祝福の風って意味や! どうや、中々センスええやろ?」
祝福の風……中々良い響きな上に彼女にぴったりじゃないか。
「ああ、確かに良いセンスはしているな。シグナムはどう思う?」
「私も煉と同じ意見です、主はやて」
「私もよ、はやてちゃん」
「くすくすっ……せやろ?」
だが、肝心なリィンフォースはあまり浮かない顔をしていた。だが、はやてが視線を戻すとすぐに無表情になる。
「……身に余る光栄と名前ですが、謹んで承ります、我が主」
「もう! せやから堅苦しいのは禁止やって」
「はい……」
こうして俺達に新しい家族が増えた。
だが、気になることがある。それは彼女の浮かない表情だ。どうも俺しか気づいてないようだが、リィンフォース……リィンは顕現した時からずっと暗かった。ただ、皆の前ではいつも通りだったが、一人になると途端に暗くなる。
名前が無い事といい表情といい……彼女は何か隠しているのではないだろうか? それも俺達……いや、はやてにとって悪い事を。
「……ふぅ、考えても仕方ないか? だが……」
俺は家の屋根で寝転がりながらそう漏らした。
未だに俺は決断しきれないでいた。家族を疑うなど、してはならない行為だと俺は思う。
だが、本来であれば疑わねばならないだろう。以前の俺なら真っ先に疑い、問いただしただろう。
「……どうしたものかね」
そして俺が溜息を吐いて降りようかと思った時、後ろから声を掛けられた。
「ここにいたのか?」
「……リィン?」
「シグナムが急にいなくなったと言って心配していたぞ?」
まったくシグナムは……。姉バカにも程がある。俺はガキじゃ……って、今はガキか。
「姉バカめ……」
「そう言うな。彼女があそこまで他人を気に掛けるなど今までに無かったのだ。甘受してやれ」
「……まあ、それなら仕方ない」
俺は再び寝転がる。リィンは俺の隣に座った。
「…………私に訊きたい事があるのだろう?」
「……ああ」
彼女も自覚があったのか、俺にそう聞いてきた。
「リィン……お前、何か隠してないか?」
俺は首だけ動かし、リィンの目を見て訊いた。
「そう……だな。お前には……言った方がいいのかもしれん」
そう言い、彼女は俺に向き合った。俺もそれに合わせて体を起こし、話を聞いた。
だが、その内容は残酷な内容だった。
「バカな……なら、今俺達がやっていることは無駄なのか!?」
「……ああ」
リィンフォースが語ったのは『闇の書』は正式名では無く、『夜天の書』というのが本当の名前だと言う事。そして、今まで自分達がしてきたこと。そして、歴代の『夜天の書』の主がどうなったか……。
「なら……はやてはどうすれば助かる? このままじゃどの道、麻痺が全身に広がって死ぬ事になる!」
『夜天の書』が完成すれば防衛プログラムというものが暴走し、破壊行動をしてしまう。止める術は無く、主の魔力が尽きるまで破壊し続ける。そうなればはやては死んでしまう。だが、蒐集を止めてもはやては死ぬ。
「…………どうにも出来ないのだ」
「…………」
……いや、諦められない。ここで諦めてはやてを見捨てる訳にはいかない。俺はまだ恩を返せていないんだ!
「……なあ、リィン? その核というのを破壊したら……はやては助かるんじゃないか?」
俺が見出した唯一の解決策。それが防衛プログラムの破壊だ。訊くところによると、『夜天の書』には核と言うものがある。それを破壊すればはやては助かるのではないか?
「無理だ。核は防衛プログラムの中に守られている。それに、防衛プログラムは強力な結界を張る。そこら辺の砲撃魔法程度では傷一つ付きはしない。それに……」
リィンは俯いて最悪な事を告げた。
「核を破壊すればシグナム達、ヴォルケンリッターも消える事になる。恐らく、主はそれを望まないだろう……。それに、お前は魔法を全くと言って良いほど使えない。その兵器では主も死んでしまう」
俺は衝撃を受けた。どうやっても全員が助かる方法なんて無いことに……。だけど、それでも諦められない。
「俺は……まだ諦めない。色々考えてみる。だが……もし他に方法が見つからなかった場合は……」
本当に……どうしても方法が見つからなかったら……俺がこの手ではやてを……。
「ああ、私は構わない。出来れば私もこの永遠の苦しみから解放されたい。だが、シグナム達はどうするのだ?」
……本当は言いたくないが、仕方が無い。
「俺から話しをする。その時はリィンも同席して欲しい。だが、はやてには……」
「無論、話すつもりは無い。知る必要は……無いのだ」
知ったらアイツは壊れてしまう。なら、せめて死ぬ瞬間まで知らない方が良い。
そして俺達は真実をシグナム達に告げた。
シグナム達は過去を覚えておらず、衝撃を受けたようだった。
そして、はやてを守れない事と共に居られない事に涙した。
俺は最後まで諦めずに方法を探す事と、それでもダメな時の事を話し、彼等は承諾してくれた。
出来ればはやてもシグナム達も助けたい。
だから、最後まで諦めずに方法を探す。