小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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ダーウィンがいた。改札を抜けたおれを待ち構えるようにあいつはゾウ亀と一緒に立っていた。

駅前だというのにいつものように人懐っこい笑顔で、

「おかえりなさい。」と言うから、ついおれも「ただいま」といつものように応える。

ゾウ亀もつぶらな瞳をおれに向けていて、まるでおかえりなさいと言っているようだった。

ただいまと言う替わりにゾウ亀の甲羅を撫でてやると笑うように目を細めた。

昨日が給料日だったことをダーウィンは知っている。幾度もの空振りを繰り返したダーウィンであったが、

昨晩おれが嫁に給料袋を渡すのを見逃さなかったらしい。

まぁ、おれとしてもこうなるだろうと諸々の準備はしておいた。

昨晩、嫁に今夜はきっとダーウィンと外に呑みに行くから晩飯はいらないと伝えておいた。

ただ、それを聞いた嫁は黙って洗濯物をたたみだした。機嫌を損ねたかと不安になり、

何か場を和ますような言葉を探さずにはいられない沈黙が続いた。

しかし、得てしてこういう時に名文句が浮かんだためしがない。

ふと、明日は親父もいないことを思い出したおれは「明日はみんないないし、たまにはお前もゆっくりできる

な」と言っていた。気休めにもならないと分かっていても、重い沈黙には適わなかった。

「そうね、たしかに誰もいないのは気楽ね。けどね、家に1人でいるのはなかなか寂しいものよ」と

嫁には返される。何も返せずに、またおれは黙った。行くのを止めると言っても、増々不機嫌になりそうな

気がして何も言えなかった。よほど困った顔をしていたのか、おれの顔を見た嫁さんはさっと笑顔を作って

「そうね、せっかくだから私もたまには羽を伸ばさせてもらうとするわ」とまで言ってくれた。

さすがにそこまで気をつかわせたので申し訳ないと思っていたので友達とどこかに行くことを勧めた。

すると、すぐに友達と映画に行く約束を電話で楽しそうにしていたのだからなかなか手強い。

 おれがそんな苦労をしたことをダーウィンは知らない。

だから「さあ、行きましょう」と言っておれを居酒屋が連なる裏通りへとぐいぐいと引っ張って行く。

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