小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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いくつかつまみを注文すると大将が、「表のお連れさんにも何かいかがですか。サービスしますよ」

と言ってきた。なかなか心憎い注文の取り方である。

「キャベツを一玉、なにもつけずに齧らせてやって下さい」すでに顔が赤くなったダーウィンが注文した。

キャベツ一玉を注文されて大将は眉を顰めていた。

きっと大将は犬が表に繋がれていると思っていたのだろう。

大将は慌てて表を窓から覗いていた。巨大な甲羅が見えたのだろう、ぎょっとした顔でこちらを振り向いた。

さて、今度こそ追い出さるかと思い腰を浮かしかける。

「あの大きさじゃ、一玉では足りんでしょう。もう一玉サービスしますよ」と言うと

店の奥にいた店員の兄ちゃんにキャベツ二玉を持たせて表に行かせた。

ダーウィンの言うこともまんざらではない。

ここはつまみも旨く値段とサービスも良心的なすごくいい店だ。

ダーウィンは揚げ出し豆腐を口に入れて「今、わたしの中で立飲み屋が少しリードしました」と呟いた。

 ダーウィンからパブについて聞いていたが、ちょっと用を足すため席を立った。

入口近くのトイレから出て戻ろうとすると、ダーウィンがいかにも大工といったはっぴ姿の屈強な男達に声を

かけられていた。そういえば、商店街の本通で改装工事をしていたな。

ダーウィンは他人の懐に飛び込むのが上手いので、さっそく一杯奢られていた。

なんとなくそのまま店の様子を眺めてみた。

おれ達が来た時に比べて客の顔は赤くなり、賑やかさは喧噪へと変わっていた。

そんな店の中を大将が忙しそうに縦横無尽に駆け回っていた。そういえば店員の兄ちゃんが戻っていない。

ゾウ亀共々どうしたのだろうか。気になって少し扉を開けて顔を出してみた。

ゾウ亀はいつものようにモシャモシャと兄ちゃんが差し出したキャベツを齧っていた。

兄ちゃんは自分が差し出しているキャベツをゾウ亀が齧る様子をじっと見つめていた。

いや、兄ちゃんだけではない。道行く通行人の一部も目を奪われており、何人か足を止めていた。

相変わらず、なかなかのたらしこみぶりである。

ふいに背中越しで、今までと違う不穏な喧噪が起こったのを感じた。

まさか、と思った時は悪い方向にしか当たらない。

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