小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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 振り返ると、大工に囲まれたダーウィンがいた。

あいつは他人の懐に飛び込むのが上手いのだが、たまに飛び込み過ぎることがある。

だから、少し目を離した隙にややこしいことになってしまうこともある。

またか、と思いながら近づいていくとどうも様子が違った。

「兄ちゃん、仕事どうしてんだ。いい歳をしてぶらぶらしているわけにもいかないだろう」

「痩せているな。ちゃんと、毎日飯は食べれてんのか?」などとダーウィンは世話を焼かれていた。

なんともあいつらしい絡まれ方である。ダーウィンの懐もまた、飛び込みやすい。

これなら大丈夫だろう。安心すると咽喉が乾いたので大将に日本酒を頼んだ。

コップから溢れるほどに注いでくれた大将が「つまみはいいですか」と聞いてくれたが断った。

しばらくは困った顔をしたダーウィンがあてだから。

 困り顔のダーウィンはなかなかのあてで日本酒1杯をじっくりと味わうことができた。

見ず知らずの人間が、酒を酌み交わして世話を焼く姿はなかなか人情味のある光景ではある。

ただ、昔から『小さな親切、大きなお世話』とも言う。

毎日暇を持て余しているダーウィンには大工達の人情よりも、現実の厳しさや辛さが沁みて耳が痛いだろう。

ダーウィンはこの手の話を聞き続けられるほど処世術に長けてもいないし我慢強くもない。

黙ってコップの酒を舐めだしたところを見るとそろそろ限界が近いようだ。

頃合いを見計らって助け船を出しやらないといけないのだが、おれの見立てではもう少し大丈夫そうだ。

その間におれも立呑み屋の醍醐味である人情を少し味わとしよう。

辺りを見回すとどこも盛り上がっており、声をかけては邪魔になりそうで遠慮してしまう。

カウンターで一人静かに呑んでいる紳士を見つけた。あの人なら感じも良さそうで、大丈夫そうだ。

極めて自然な感じを心がけて「どうも、お隣よろしいですか」と声をかけてみた。

こういう時はダーウィンの懐へ飛び込む度胸の良さが羨ましい。

おれに声をかけられた紳士は少し驚いた顔をしたと思ったらそのまま固まってしまった。

我ながら不審人物には見えないと思うのだが、ついおれも固まってしまう。

ただ、カウンター越しに見えた大将の顔が、おれを憐れんでいるように見えたのが気になった。

視線を紳士に戻すと「あなた、私の話を聞いてくださるんですね」と涙を流しておれの手を両手でしっかりと

握って感謝された。どうやら声をかける相手を間違ってしまったらしい。

そこからは聞くも涙語るも涙の紳士の苦労話に相槌を打ちながらじっと聞くおれがいた。

これが処世術だとダーウィンに見せられないのが残念である。

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