小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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目を開くと電線の間から夜空が見えた。月がきれいだったので思わずぼんやり眺めてしまう。

いつのまにか寝ていたらしい。見覚えのない景色が広がっていた。

ここはどこだ、と考えるのだが寝ぼけた頭が上手く働いてくれない。

それどころか、心地よい揺れが再び眠りへとおれを誘おうとしていた。

記憶はないが、揺り籠とはこんな心地ではなかっただろうか。

目の前にいるダーウィンが「ムニャムニャ」と寝言を言っている。

ダーウィンはいつもこんな夢見心地を独り占めしていたのか。

帰り道、足元がおぼつかないおれはダーウィンに誘われるままゾウ亀の甲羅に乗ることにした。

二人乗りをして大丈夫か心配したが、ゾウ亀はのっしのっしと歩き出した。

ゾウ亀の馬力に感心していると「どうです、すごいでしょう」となぜかダーウィンが自慢げに言ってきた。

ゾウ亀が一歩、一歩踏みしめる度に甲羅に乗ったダーウィンとおれも揺れた。

ゆったりとしたリズムで生まれるその揺れに思わず身を委ねてしまう。

尻は痛いが、ゾウ亀に乗るのも悪くないと思ったところで記憶が途切れている。

いつの間にか眠ってしまったおれ達をゾウ亀はのっしのっしと運んでくれていたのだ。

ただ心配していた通り、大人の二人乗りはきつかったらしい。ゼエゼエと甲羅で息をしていた。

どうりでよく揺れるはずだ。慌てて甲羅から降りると、ゾウ亀は深く息を吸って息を落ち着かせた。

「お前も大変だな」と思わずおれが言うと、ゾウ亀は少し目を細めて首を揺らした。

まるで苦笑いでもしながら「まあね」とでも言っていそうである。

ゾウ亀の苦労が偲ばれて思わずおれも苦笑いを返してしまう。

そんなおれをゾウ亀は目をつぶりそうなほど細めた目で見ていた。「あなたもね」とでも言いたそうだ。

お互い、苦労が絶えないということにしておこう。

ダーウィンは相変わらずゾウ亀の甲羅でこっくりこっくりと船を漕いでいた。

「ダーウィンまだ寝ているのか」とおれは言ってみた。

すると「はっ、はい。起きています・・・ムニャムニャ」とダーウィンは言った。

ダーウィンはまだ夢の中にいるらしい。

そんなダーウィンにおれは「さっきは悪かったな」と店で掴みかかったことを詫びた。

ダーウィンはムニャムニャと寝言で答える。だからというわけではないが「けど、お前も悪いんだぞ」と

続けてしまう。他人の大切なものにケチをつけたことをおれは許せていない。

けして嫁の顔がよぎったこととは関係ない。いや、ないはずだ。

ただ、ダーウィンが大工のガラパゴスを否定した時の態度が気になって、面と向かって怒る気分には

なれなかった。あの自分にはないものを自慢されて拗ねたような、適わない相手に対しての負け惜しみに

聞こえる物言い。こいつには大切な人がいなかったのだろか、それとも今はもういないのか。

つい、そう考えてしまった。それであの態度が許されるものでもないが。

だから、おれはダーウィンに大切な人もガラパゴスであると知って欲しい。

もしくは思い出して欲しい。そのためにはこんな夜や、いつもの日々を幾度も重ねていけばいいのだろうか。

そうやってダーウィンに大切な人達ができるといい。

いつかが来る前にそれが間に合うだろうか。間に合わせてやりたい。

そんなことを考えているおれを、ゾウ亀がまるで「大丈夫だよ」と言うように優しげな眼で見つめていた。

気のせいかもしれないが、おれに向かって首を伸ばしているので大丈夫の前に「あなたがいるから」が

つくのかもしれない。

おれはダーウィンにこのゾウ亀もお前にとってガラパゴスであると気づいて欲しいと思い直すのだった。

ダーウィンが「ガラパゴス、ガラパゴス!」と寝言で『おれたちのガラパゴス』を口ずさむ。

ダーウィンはいまだ、楽しい夢の中にいるらしい。

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