小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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 ダーウィンが来た。今日の献立はカレーだというのに晩酌を上手くねだる。

つい嫁さんも「しょうがないわね、ダーさんは」などと言いながら竹輪を切り出す。

この技をなんとかして盗みたいものだ。竹輪と沢庵を肴におれとダーウィンと親父で晩酌をする。

一人日本酒コップ一杯までと決められたので、しかたなしにちびちびとやる。

晩酌の功労を讃えているうちに話は自然とダーウィンのことになった。

その流れで親父がこの間紹介してやったネジ工場の仕事はどうした、と聞いた。

ダーウィンは目を伏せた。また辞めてしまったらしい。どうりでここ数日晩飯を食いに来なかったわけだ。

親父はまたかお前はと怒りだす。しかたなしにおれが「まあまあ。」などと言ってみる。

それで親父の怒りは収まるものではないが、いつもこうしている。当の本人は人の気も知らないで、知らん

顔をしてコップの酒を舐めていた。それを見るとおれもつい庇う気がなくなる。

「お前はどうしてそういつもいつも・・・・」と親父がやり始めると、たまらずダーウィンが

「私は学者であって工員じゃないです」と言い返す。

「だったらそんなに偉い学者様ならたまには牛肉か酒の一瓶でも持って来い」と親父は言い、

「稼ぎもないのに仕事を選ぶような真似をするな」と苦労人らしく続けた。

「私だって、私だって好きでこんな・・・・・」と最後まで続かずにダーウィンは泣いてしまう。

コップ一杯も呑まないうちから言い過ぎだと、おれは父をたしなめる。 

さすがに父も反省したのか、ばつが悪そうにしていた。

泣いているダーウィンを慰めながら嫁に酒の追加を頼むと

「そんな猿芝居にだまされませんよ」と言いながらカレーを持って来た。

すると「やはり奥さんには適わないですね」と泣く役をしていたダーウィンが顔を上げて舌をだしていた。

2杯目はお預けとなった。ダーウィンの力もここまでらしい。

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